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(愁)
~今にも終わりそうな小説掲載サイト~
Author:水瀬愁

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10.


「すぐ退院はできないらしい。病院も様子見したいんだろうね。もう万全なのだがね」
 少女がベッドにごろんと寝転がって、言った。
「もう万全なのだがね」
 大事な事なので二度言った。だが誰も声を返さない。
 当然だ、今、少女は一人っきりなのだから。
 少女はちらっとドアを見た。
 誰も訪れて来なさそうだった。
 娯楽品はとうに底を尽いている。
「もう万全なのだがね」
 

 頭蓋を踏み砕く。
 そんな勢いをのせた刃は、幾度も、幾度も幾度も、超越神闘ハイパーバトルアクションの構成粒子としか成り得ない。
 対し、極大の迫撃が直撃を繰り返す。違いは、有無だ。
 有は無に較べ、あまりにも虚弱な力しかもたぬ。それは"存在している"。
 無は有に較べ、あまりにも強大すぎる力しかもたぬ。それは"存在る"
 その差は歴然という開きを生む。継続と瞬間は違うように。
 有無の対立は、猛獣と台風の一方的殺戮たたかいも同然。
 その狭間を飛び越える力など、女神には行使できない。
 だが――勝算は、練る。

 ときに今のように、『兵団』の一斉射撃で打って出てみたり。
 無いに等しい命中率の補正は、縫い止められたダガーに一任される。物量による圧迫とは、今までに例がない束縛法だ。
 だが完遂されている。そのため必殺以上の攻撃力は必中するはず、台風と比喩したむきしつに。
 フッと女神の上げた手が、合図となった。次の瞬間、流星群が夜空を駆け巡る。
 ――あっけなく、消失した。
 それは流星の摂理だ。とも言える。だがそれで納得がいくほど、女神も寛大ではない。
「……くそったれ」
 一瞬という機制に、原理のない夢を膨らませるように、
 当たれば即死だっただろう迫撃には、役不足だっただろう。謙虚にも、無機質はまたも"逃亡"を完了する。
 沖天、女神は声にならない程の憤怒を底から生じ、沼に沈むようにゆるゆる降下――


「ママぁ、だいじょうぶかー!!」
「看護師に疑われるからやめぃっ!」
 少女は生まれて初めて、この漫才会話を好ましく思えた。
 二分ほどでそそくさと帰ったので、結局のところ呪うのだが。


 その夜は満月だったので、上手くいく気がした。
 一定範囲を『兵団』の壁で夜空と隔絶。女神は波濤を無数、散らす。
 対する装甲が悲鳴ともとれるいぶきをあげる。
 女神の猛攻は"完全防御"される。
 圧倒的な鬼ごっこだったなら焦りが胸を占めているだろうが、今回は逃げられる心配がないから、女神も余裕だ。甲冑に致命打を与えず、致命打を与えるための解析を淡々と続けている。
 あらゆる方向で試し、あらゆる方向から繋ぐ。続け続けて、女神は真実を解りかけていた。
 ――甲冑が騎神であるということ。
 女神にとっての神。つまり神より神じみている。表現が不可解だが、真実だ。
 女神は力の許す限り斬り尽し、許された瞬数を使い果たした。ならば次は、騎神の一撃が炸裂せざるを得ない。
 迫撃の番えられた攻防一体のカイトシールド。尖る方は迫撃の発射口と同一化しており、ひかれることのない長弓の展開は迫撃可能のサインとなっている。
 そして予備動作なく、スッと迫撃が飛び出した。
 狙う先は女神ではない。『兵団』の壁だ。この期に及んで逃亡しようと目論む騎神に、女神は決死の一手を発動する。
 壁でしかなかった『兵団』が、内なる空間を急に狭めていった。そう、女神は――自らを代償に、騎神へ致命打を叩き込もうというのだ。
 鈍色の花が咲き、静寂が訪れた。
 その間に、朝が訪れた。
 花の中心点近くでは、ジャングルジム中の棒に節々を押し当て座る・・要領で女神が休憩している。
 というか脱力している。またもこんな結果で終わってしまい、萎えてしまったわけだ。


 そんな折――"転章"がころがりこんできた。


「미안합니다. 묻고 싶은 일이 있습니다만, 좋습니까?  말이 누구에게도 통하지 않아서.

 ドアががらがらと音をたてて開いた。少女は顔を上げる。
 そして、驚きで目を真ん丸くする。
 その反応に満足したのか、気前良くも我に返させるように少女を覗き込んだ少女・・
「チョコ・L・ヴィータ」
 してやったりという笑みなのに、美しいと思ってしまった。なので少女は不機嫌そうに少女・・の名を呟く。
「チョコは傷一つないのだな。湯銭して、型にはめなおしたか?」
「対しあなたは全然駄目なのね。デフォルトの能力値の差――は歴然であってもどうせ微量なものになってしまうんだろうし、
変身システムにスペック差があるようね」
 チョコはボトムのポケットからアクセサリーをつまみ出し、少女に見せつけるように掲げた。
 そのアクセサリーは、少女が前に宇宙を一塊したようなものと評価した黒い玉。
「"亡霊ファントム"でホ~~ント、良かった」
「……大袈裟な口調だね。何しにきたんだい?」
 チョコはおどけることで、余裕だというのを示したいのだろう。対し少女も余裕さを見せる。入院患者ではあっても、すでに万全なのだから。
 チョコが追い討ちをかけに来たのだとしたら、時すでに遅しというやつだ。だがチョコの用件は、違うものだった。
「共同戦線を引きにきたの。あの、ニコ持ちに対抗するために」
「何?」
 予想だにもしない展開。と、少女は思う。
 ただ一つ、即座に胆に銘じる事。
 ――チョコの意味ありげな瞳の光を、忘れるな。踊らされてしまうなよ。


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9.


 真っ白い天井と照明。真っ白いベッドとドア。
 風景描写、終了。――と、少女は皮肉げに考える。素晴らしい笑顔かめんの下に抱く本音を。
「大丈夫だよ。うん、寂しいなんて子供の言う事だよ。え? 病院食は薄味だけど――ふふっ。それじゃあ、メタボなお父さんのために看護婦さんからレシピを聞いとくね。先に言っとくけど、私の朝食に出しちゃだめだよ。今ならしょうゆまるのままでも美味しいだろうなー」
 面会時間開始を見計らったようにやって来た母に応対する時間、およそ四十五分。少女の笑顔はなんとか保ち続けた。気力が底を尽きかけているのか、ひとりになって途端に疲れ顔をする。
 笑顔を剥ぎ取った少女はまず長く息を吐いた。
 その後、母が無造作にベッドの端に広げたお見舞い品――着替え、ゲーム、小説――を整理しはじめる。
 途中で、ノックが鳴った。少女は手を止め、どうぞと言う。応えるようにドアノブが回り、ドアが開く。
 吾郎と真司が入室してくる。
 対し、少女は本心からの笑みを浮かべた。


 回診を終えて二人が退室した後、どこからともかく児が現れた。
 少女の居るベッドを飛び越えた一歩目に、二人を追う二歩目は続かない。児のそれは少女が阻止した。
 少女に首根っこを掴まれた児は、ぷくぅっと膨れ面をする。
「むしろ、なんでそうひょこひょこと登場してくるのか気が知れない。他の音は、こうではなかったぞ?」
「だってボクはこの小説のマスコットキャラ、だお?」
「妙な発言するな語尾もやめろ、この電波っ娘め。特に、アレな事情をかるがるしく暴露するところが憎たらしい」
 少女は溜息を吐いた。
 数拍の静寂が、訪れる。それは短くも、戸惑いと、決意とを含む準備時間である。
「――だいたい、お前は馬鹿な音だったのだ」
 少女は思い出して、言った。
 児は音達を狩猟する側の少女を、追い討ちをかけて殺すのではなく治してしまった、非常に命知らずな獲物だ。狩猟されてしまったのだから、頭が悪かったともとれる。
「興味を抱いた人間に手伝いを施すお前達の習性は、娯楽のためであり存在意義ではないはずだ」
 だが児は頭が悪いわけではなかった、狩猟の刻が訪れても抗うことをしなかったからだ。
 まるで戸惑いを抱かず、児は少女の物になった。何か決意していると、少女にはずっと不可解だった。
「なら、叶える願いは取捨選択が可能――今回のは、娯楽で収まりがつくかどうか、判断がつきそうなものだ。なぜ叶えた?」
 何を決意しているのだと、少女は問うた。
 児は花が咲くように、くすりと笑った。
「願いを叶えることしかできないのよ、私は――私たちは――大地よりも空よりも大きなこの愛を表現する方法は、願いを叶えるというものしかなかったの」
 そして歌い始めた。
 恋しさを、そして想い人を謳う、
 囀るような、響き渡るような、
 祝福のカンパネレのような、水のせせらぎのような、
 急ぐものもおぞましいものも何もない、穏やかな世界で紡ぎ生まれた穏やかな子守唄。
「――」
 児は自分の音で歌っていた。
 下を向かず、反らした胸から張り上げられる囁きは、色っぽく、しかし恥ずかしげに、奇跡の恋物語ラブストーリーをはじめから綴る。

 いつか歌うように語りかけられたらと、輝かしい日々を振り返りながら、愛されたい音は祈りを捧ぐ。
 祈る相手の神は誰か。否、神ではないのか。

 願いを叶える音は、一途に願う。
 特別な願いはどんな超能力でも叶えられない。特別な願いにおいて、音は人間のように無力だった。

 それが、児には頬が緩むくらい幸せなことだった。



 それは本能をもたぬゆえ、咆哮をもたぬ。
 まるで威厳をひた隠すように、夜にまぎれる色をして、夜を無音で駆ける。

 能ある鷹は爪を隠す、というように。
 物静かな機械仕掛け。禍々しい甲冑。

 剣に乗せる力で、陵辱または撃砕する。
 相手の破壊応力など意味を持たない。

 対するは――少女だ。
 不機嫌そうにキツい目つき。小ぶりの団子に纏めたチャイナっぽい髪型や、絶対領域すら搭載したゴスロリの服装が鬱陶しいといった様子だ。
 少女は八つ当たりをするという風に、おおぶりに投擲する。
 その猛攻を甲冑は、一瞬、盾で防ぐ風を見せる。だが直ぐ様、防御する価値すらないというように背中を向けた。
 それは正しく、甲冑の進行路線とは少しズレていた投擲物は甲冑の脇を横切ってあさっての方向へ去った。
 少女は歯を食い縛る。そして、ならばと二撃目は、甲冑にまず追いすがることからはじめた。
 彼我距離は瞬く間に、5メートル以下に。それを察したように、甲冑の推進力源が黒く光り輝いた。
 結果、少女と甲冑の距離は詰める前より長くなった。少女にとって歯痒い事実だろう、だがいつまでも負けてはいられぬ。
「――ッ」
 追いすがるというプロセスをすっ飛ばし、少女は攻撃を行った。追いすがる必要性が一体どこにあったか疑わせる、特大斬撃は滑空する。
 その黒き重みは、死を孕み、死を与える。そのために飲み込む。
 今度も甲冑は、無視の一点張りであった。射線のズレなど、飛ばされた斬撃の大きさからするに無関係である。ならば前回のようなことは、もう起こりえない。
 だが、またしてもそれは正しく――少女の一撃に、装甲は傷一つつかなかった。
 撥ね退けられた一撃の威力は甲冑を中心としたに発散。空気が震え上がる。
 冷風が吹きつけた。少女の頬をぺしんと叩く。
 追うのをやめ、留まる少女。その瞳が向く先、未明の空の終焉が地平線の際から迫り出す。
 暁光に溶かされるように、甲冑は塗り潰された。
 消失、少女からしたらとうぼうと読めるだろう。
 まるで拭われたかのように潔く、夜は朝に空を明け渡した。
 少女は――手を抜かれたと、抑え切れぬ焦燥で身の内側を焦がす。

 かくして、終わった。否、これは始まりだ。
 あの日から、それ以前からもずっと少女を見守る空の下で。



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