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(愁)
~今にも終わりそうな小説掲載サイト~
Author:水瀬愁

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18.


 このような赤い虫など、知らない。
 そう思いながら、昆虫博士は死にゆく。
 その研究所は、不祥の殺戮に見舞われていた。
 まるで人類滅亡の序章のような。その革命者はほかでもない、赤い虫である。
 全長は2ミリにも満たない、だが皮膚すら噛み千切る。肉も、骨も、何もかも。そして新たな者が生み出される。
 博士であったことを忘れゼロからのスタート、古木を繋ぎ合わせたような異形としての再誕。
 同様に、無数の赤い虫によって形成される沼から這い出た異形たちは、研究員に代わって研究所を占拠する。
 たった数時間で、研究所は変容を終えた。宇宙船地球号に設置された第一の砦だ。
 だが、物音をたてすぎた。此処の守護者に察知されるのに十分な物音を、変容と同時にたててしまった。
「ギュッァ! メッガァッアジュイエ!」
 異形の一人が奇襲を受け、それを周囲に伝える絶叫をあげた。それは結果的に、断末魔の叫びとなった。
 多数の肉片を生産した彼女は、攻撃後モーションからゆるりと直立に戻り、右手の聖柄の快刀グラディウスから血を振り払う。
 他の異形が彼女へ向く。
 攻撃態勢が整ってしまえば、彼女には多勢に無勢すぎる。
 異形三匹、硬質な腕を攻撃武器に選んで近接戦闘に持ち込む。彼女は手近なものを一番に選び、快刀を突き刺した。
 異形が撃ち返してはこない。打突を中心に絶大な破壊力の渦が回転し、異形は運動エネルギーを相殺されるとともにその身を吹っ飛ばされたためだ。
 渦はそのままビーム砲撃のごとく直進し、他の異形からも片腕や半身を食いちぎった。
 八の異形が砲撃体制に入り、弾丸を撒き散らす。渦が盾になる射線は少なくないが、多くもない。無視できない直撃射線がある。
「【ジ・ラグナ】」
 彼女は即座に快刀を飲み下し体内へ、そして吸収したばかりの気刃機構を行使し剣の形をした・・・・・・盾を二方向へ展開する。それで事足りた。異形による弾幕はこの三つの鉄壁にすべて阻まれた。
 その機を待ってから、彼女の盾は存在意義を変革される。"防御"から"攻撃"に。
 屠殺の二回攻撃が下される。
「増援が二陣ほど来ます」
「やれやれ。面倒なことだね……こんなことならやっぱ召集かけるべきだったか。遠慮する仲でもないもんね」
 どこからか現れたゴンザレスが神姫の背後に控えた後、敵襲を察知した二陣目が参上し、
 一方的な殺戮劇グランギニュールの第二幕が開かれる。
「おや、見てみろ。不思議なものがあるぞ」
 肉片が所狭しと敷き詰められた頃、神姫が目を凝らしながらゴンザレスに言った。
 ゴンザレスが促しに応じ、そちらへ目を向ける。
 そちらでは、神姫の方に向かわなかった利口な異形とパワードスーツを纏った性別の分からぬ者が緊張状態で止まっていた。
「複数である異形のほうが勝勢なはず。者が手を出せぬ理由はそれで筋が通っても、異形が手を出せぬ理由は……?」
「それはそれで気になるとして、私が言いたいのはそうではない。あれはリアル、仮面ライダーだぞ」
 神姫が興奮気味にうんうんと頷く。その声はすごく幸せに満ち、弾んでいる。
「素晴らしいな素晴らしいな。うん、良い物みたよ。よし、今日は帰るか。ああ、お空がすっごくきれいだなぁ!」
 そして神姫は、その戦場に背を向ける。ゴンザレスも後に続く。
 同日中に、その研究所から人が完全に消失した。


 神姫とチョコの談笑は長い。
 チョコが滞在するので、神姫は宣言どおり毎日来訪する。そうとは思えないほど、会話はネタをころころ変えて盛り上がる。
 神姫の独白ともとれるほど、チョコは全然話さない。チョコは相槌をうつ程度である。
 だが笑みは、幸せげだ。
「最近のチョコは、なんだか優しいね。どういう心境の変化なのかな?」
 神姫がサラリと言ってのけた台詞に、チョコは笑みを凍らせる。
 それもそのはず。チョコはチョコ・L・ヴィータではない。外見をそれに似せた黄泉である。
 チョコ、いや黄泉は迷う。根付いた忠誠が、主人に対しての嘘を嫌っているのだ。
 だが伝えて、敵と認識され、斬り捨てられては元も子もない。黄泉は甘んじて、今の状況を受け入れ、維持されることを切に願う。
 その反面、チョコとしてではなく黄泉として愛されたいと思う。
 忠誠と本能が彼女の背中を押す。忠誠と本能が、神姫の存在が、彼女の中の十字架として君臨する。
「神姫……」
 だから黄泉の口蓋から、真実が漏れ出した。
 神に祈るように、黄泉は胸の前で両手を組む。
 そして懺悔を捧げる。
「実は私は――」


 神姫は自室に戻って少しくつろぐことにした。
「ふぅ・・・」
 椅子に腰掛けて背中を伸ばし、溜息を一つ吐く。
 神姫は穏やかな気持ちであった。
 自分が考え、計画したとおりに物事が進んでいくというのは、実に気持ちのいいものである、と。
 気の向くままに行動することだけでなく、緻密に考えて行動することが好きな神姫。彼女にとって、この1週間はとても充実したものだった。
 僅か5日程度の集中調教で、チョコを名乗る彼女・・・・・・・・・を目的とする段階まで仕上げられたのは、神姫にとって満足できる水準である。それの要因は、彼女が人でなかったことが大きい。肉体を虜にしたことが精神を虜にすることを早めた、と神姫は結果から推察する。調教前の予想段階で知っておきたいことだった、と神姫は歯痒く感じる。神姫は思い知る。
 まだ足りないのだ、力が。
「兎にも角にも、黄泉の手綱は私に完全掌握されて、次は――」
 神姫には未だ未完成のものと映っているが、取るに足らないと判断して次の段階へ目を移す。
 ――愛しているよ、黄泉。
 対し、黄泉は立ち止まってしまっている。心の中で木霊し続ける、神姫の甘い囁きに夢中になって。
「お慕い申し上げております……」
 黄泉は頬を赤く染め、目を潤め、熱い吐息を溢す。

 その忠誠が、物語を進める。


 太陽が数回沈昇しずむのぼるを繰り返した後に、真上まで昇りきったので今まさに沈みゆこうかとしているような真昼の頃。
「チョコ・L・ヴィータの死体は見つからない、か」
 ゴンザレスの偵察結果を、神姫はオウム返す。学校の屋上、神姫とゴンザレスと黄泉がこの場を占領している。
 それもそのはず、陽射しが強すぎるためにこの場に留まるのは苦痛でしかないからだ。
 無人であるというメリットを優先して苦痛を甘んじて受け入れる三人、特に神姫は不快感を隠そうとはしない。
「黄泉、どこにやったんだ」
 不機嫌そうに呟く。
「私は魔眼ゼロを抉り取っただけです。もしかしたら、同伴していた黒曜が何かしたかもしれません」
 神姫は記憶を掘り返し、ああと頷く。
「慎司と比べたら月とスッポンなあの美少年君か。でも、君たちにヴィータの骸は必要ないという話では?」
「はい。少なくとも、私の知る計画にそのような内容はありませんでした」
 黄泉が断言するので、神姫はうーんと唸った。その裏で、思考回路が回転する。
 形のない違和感があることしか解らないため不愉快で、堪え性の無い本能が吠え、知り尽くせという欲求が腰を上げ、
 しかし総てを押し殺して神姫は決断する。
「……別件に移る。異形を生成した赤い虫についてだ」
 神姫は懐から、シャーペンの芯を入れるケースのようなものを取り出した。
 中に閉じ込められている物がある。外へ出ようと今ももがき続けているそれは、一匹の赤い虫。
「耐熱性が非常に高く、大気圏を軽く横断できるだろう。繁殖能力はない。力はさておき、噛み付くための器官は存在していない。だがこれでは私の見た光景と食い違ってしまう、皮を食い千切られた研究員がいたのだ。何か、ある」
「用いた物もそうですが、行為自体も脈絡がなく突然で、理由が察しづらいです」
「試してみたのではないかな、虫の能力を。人を食い潰す必要があって、そのための兵器を開発して、ちゃんと効力を発揮するのかあの研究所で試した――まあ、こんな予想では君たちが人間じみてしまうのだけど」
 神姫はケースごと虫を握りつぶした。
「兎に角、天使エンジェルには地球外への警戒を強めるように言っておくことにしよう」
「地球外、となぜお決めになられたのですか?」
 黄泉の問いかけに、神姫は薄く笑みを浮かべて答える。
「世界中に降らせるだけなら地球内でも可能だが、それでは私たちが妨害できてしまう。地球外からの攻撃に対して、私たちは大気圏を突き抜けるために幾らか力を消費してしまうからもしかしたら返り討ちにされてしまうかもしれない。君の仲間だった者たちは、狙う物を・・・・私たちが護る物を・・・・・・・・、逆に防壁として利用するつもりなのだろう。そうでなければ虫に耐熱性がある理由が説明できない。今となっては、チョコの炎に対策を練る必要は無いのだからね。それよりも、どうしようかな。敵の思惑通りに力を浪費して宇宙そらへ上がるのも癪だ。ああ、あと殺虫剤もいるか。やれやれ、やることが多すぎるね」
 神姫は鮮明な青空へ伸ばした手を、ぎゅうっと握り込んだ。

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17.


 黄泉の見上げる先で、シャンデリアが煌々と照っている。
 黄泉は視線を下ろす。金の装飾が施されたイスが四つ、真っ直ぐと黄泉を見つめる瞳が二つある。
 神姫の、何もかもを見透かすような力満ちた眼。黄泉は恐れるでもなく、むしろ微笑みすら浮かべてそれに対峙している。
 まるでチョコ・L・ヴィータのように。
「よく来てくれたね。ていうか、君が素直に来てくれるとは予想外だったよ」
 眠かったんじゃないのかい? と神姫が首を傾げた。親しげな様子だ。
 黄泉も笑いかける。そして神姫の隣へ腰を下ろした。
 ――どうやって暗殺を行うか。
 黄泉の存在粒子は硬化も可能である。本体から分離して小さいものを硬化させれば、ナイフのように扱うことができる。
 黄泉にとって、今の彼我距離は必殺の間合いと呼べる。迷う余地などない。即座に決め込んだ。その瞬間、黄泉の掌に小さな小さな刃が生まれた。
「今回来てもらったのは、他でもない。例のパワーアップ・・・・・・の件だよ」
 黄泉の手が止まった。
 黄泉の脳に駆け巡った思考は、あまりに高度で鬼才なものだ。だがその思考の導き出した結果は、凡人のようなもの。
 より強力な力をこの手に、と。
 生物であるが故に、たとえ人外黄泉でも甘い蜜の誘惑には抗えないのか。
騎士の牝馬ナイトメーアは持ってきたね?」
 神姫の問いかけに、黄泉はコクリと頷く。そして、とある携帯道具を懐から取り出した。それは、チョコから奪ったものだ。
 黄泉の知る限りでは、その携帯道具はまるで全戦闘能力のコアだ。
 エレメンタルリロードの項目を選択することで、人を超越した力の行使が可能となる。だがここまででは、全力とは言い難い。全力になるには、一つ段階が足りないのだ。チョコでいえば、魔眼を行使するためにさらにタップザベルという項目を選ぶ必要がある。この項目の効果によって、変身とは別の音を自らに付加し戦闘能力を増強する――はず。というのが、黄泉の憶測である。
これナイトメーアに、機能を追加する」
 神姫は黄泉に手を伸ばした。
 黄泉はそれに、神姫の手が触れてから気づく。
 そして、黄泉は驚く。神姫がまさぐるのは、人でいう敏感な部分・・・・・だったのだから。
「その前に、私と君の関係性をはっきりさせておこう。うん、それがいいよね」
 黄泉は人ではない。神経に遠浅はない、どころか通ってすらいない。
 なのに、黄泉は淫靡な快楽を得た。読みの神経を球とするなら、神姫はその表面をサッと撫でたのだ。
 黄泉の瞳が潤む。
 彼女の脳裏で警報が鳴り響いている。当然だ、一度の愛撫で彼女の殺気はすべて削がれてしまっているのだから。それだけに納まらず、作り上げた刃は霧散してしまい、彼女の精神の不安定さを物語る。
 それだけの恐怖を感じている。
 だが心が蕩けてしまうのを、止める術が無い。
 まるで運命のように――そして黄泉は、ふと悟った。
 これは運命であるのだ、と。
 なぜなら、運命は神が操るものだから。
「チョコ」
 宇宙を秘めたような瞳で真っ直ぐ見つめ、優しい微笑みとは裏腹に官能的な吐息を漏らして、その女神は黄泉にゆっくりと力を込めた。
「チョコ――」
 結果的に、黄泉の体が押し倒される。黄泉の抵抗はない。黄泉はただじっと、間近にいる人をとろんとした目つきで見つめているだけだ。釣られるようにしてその人も身を倒す。布擦れの音がいやらしく響く。
 もし冷静な目がこの場にあれば、二者の立場はあまりにも明白に映っているだろう。
 恋人同士捕食者と獲物、という様に。
 実際に、第三者の冷静な目がこの場に向いていた。


「あの娘、腑抜けにならないといいけどねぇ」
「……心配ない。陛下なら、そのようなヘマはしない」
 身の丈が小さな女の子と、反対に人間とは思えぬほど巨大な男。その二人は味方同士であるはずなのに、二人のいる場は息の詰まるような殺気で満ちている。
 だが、殺し合いはしない。
「それに、娘とは呼ぶな。あれ・・の擬態能力に惑わされることになるぞ」
 男は注意の言葉を続ける。だが、男にもすでに分かっている。
 黄泉あれが敵として立ちはだかることは、もう無い。と。


 あまりの快感に、黄泉は心から身震いする。理性、もとい思考力などというものはとうに削ぎ落とされている。
 暗殺という使命感も、本能の疼きの前では無力だ。
「さて、それじゃあこれナイトメーアは預かっておくよ。パワーアップ機能を追加するのにはしばらく時間がかかる。できれば仕事に戻らずに、ここにいてくれると私としては嬉しいよ」
 いてくれるなら毎晩くるよ、と言い残して神姫は去った。黄泉はオブジェのように、後のまま指一本うごかさない。
 黄泉は不思議な気持ちでいた。人で喩えるなら、死して初めて神に会うような気持ちだ。屍は動かずとも、天に昇りゆく心は頭を垂れる。
 崇高なる女神に懺悔する感動に満ち満ちた瞳で、シャンデリアを見上げている。
 快感に潤んでいた頃とは別物のようだ。勿論、初めにシャンデリアを見上げたあの時の瞳とも。

 ここにいる黄泉は、まるで玉座の主にいつく騎士。



 冷たい風が顔をかすめると同時に、顔に何かが当たった。体が反応できぬ間に、それは顔から落ちていく。
 彼は地面に目を下ろした。赤い影が這い回っていた。無数に動き、蠢いている。それは生理的嫌悪感を呼ぶ。血溜りと同じ、鉄の錆のような悪臭が鼻につく。
 風とともに影が去り、地肌があらわになる。そこに現実を見い出し、彼は少し落ち着くことができた。
 そして前を向くと、彼の目に龍の屍のような巨像が写る。
 それは今も生きる巨大樹、異形なる桜だ。
 上へは平常どおりに咲き誇り、地へは侵蝕輪廻を壊すように根を蔓延らせる。
 ただの根ではない。踏む所歩く所すべてこの灰色なのだ。根は量も規模も大きさもただ事ではない。
 宙に飛び出た根の先っちょには、人を丸呑みできるほどの大輪が付いている。
『来訪せし者よ――』
 風が吹いた。
 彼は驚き、慌てて振り返った。
 風の少年ミストラルが何に臆することもなく、言葉を続ける。
 少年の言葉は、彼に広く深く染み渡る。本来の大樹の根に似ていると、彼は思った。
『――汝は、死んだ。死して尚、何故に何時に何処に、汝は這い寄ろうとする?』
 冗談じゃない、と。
 彼は混乱した様子で言い返す。
「これからなんだぞ!? 俺は、これから楽しい人生を歩むんだぞ!? こんな、こんなところで終わってたまるかっ! 俺はまだ生きるっ! まだ生きるぞっ! 誰が何と言おうと、俺は死ぬことを受け入れないっ! 居もしない神の意思に、この俺の壮大な予定を狂わされてたまるかっ!」
 掻き毟るような彼の声は、悲鳴も同然である。
 それに感化されたのか、少年はうんと頷いた。
『良かろう。お前は再び生きるがいい』
 少年は彼から目を離すと、大花へ手を突っ込みごそごそと何かを削ぎ取った。それを懐から出した布にくるみ、布に予め縫われていた紐をきゅっと絞ると、小さな袋が完成する。
 もっていけと言うように投げ渡され、彼はおそるおそる袋の中をのぞき見た。
「……種?」
 風が吹いた。地面にあった赤い影が、彼の視界を覆う――否、彼を丸ごと包み込んだ。
 彼は恐怖に総てを飲み込まれた。


「ん?」
 ドサッという音を聞いて、年配の方の研究員が顔をしかめた。
 若い――といっても、十分に老いてはいる――方が振り返る。
「どうかしたか?」
 口調が親しげであることからして、歳の差はあれど友人の仲なのだろう。
「いや、誰かが倒れたような音がしたような……」
「何? やれやれ、またドジった奴か?」
 二人のように集中力が散漫しやすいダメ組は計画的に休憩をとってしまうが、それとは違い、研究者こそ本分というエリート組は体を壊しやすい。
 若い方は優しく、倒れてしまっただろう"エリート組"の様子を窺いに腰を上げた。
 残った方はゆっくり、ゆっくりぬくいコーヒーを啜る。


 若い方はすぐに要救助者を見つけた。
 予想通り"エリート組"だ。だが、倒れたわけではなかった。
 研究のしすぎで気が狂った、と推測し、予定通りまず仮眠室へ連れて行くことにする。まず休養、ということだ。
 そして伸ばした手が、指先が、チクリと痛みを走らせる。
バグズ……?」
 赤い虫が噛み付いてきたのだと知り、余計に不可解さが増し、決定打というようにある物を見つける。
 それは小袋。今となっては珍しい、手触りの良い布製の小さな小さな袋。小石では六つも入らないだろう、と彼は思う。
 口を開ける。中身は、桜色をした種だった。
 口を開ける。彼はポイッと、その種を自らの口に数粒投げ込んだ。
 焦るようにガリガリと噛み砕き、ゴクリと飲み下す。

心は奏者に再利用、体は兵士に再利用
 突然、二つ目のドサッという物音がたった。
 さすがにこれには無視を決め込めず、コーヒーを置いて若い方を追う。
「おい、何かあったのかっ?」
 少しして、理解不能な光景が広がっていた。
 床に倒れ込み、ビクビクと苦しそうに痙攣しているのが二人。だがどちらも、幸せげな顔をしているのだ。
 そう読み取った瞬間に、顔は苦痛をにじませるものへ代わった。二人とも同時に。そしてまた、今度は悲愴な面持ちへ。
 なんだ、なんなんだ。
 彼では、もう言葉にすらできない。
 その時、彼の足先が小袋にぶつかった。彼が小袋の存在に気づく。訝しげに思い、小袋を拾い上げる。
 それと同時に、彼はハッと閃いた。
「そうかっ! これは、ここで研究していたやつの開発したばかりの新薬なんだなっ! だが未完成の、しかも有害な毒薬にしかなっていなくて、開発者が死んでしまった。そのときの音を聞きつけたこいつも死んでしまった。ならば、その音を聞きつけた自分もまた、」
 彼は難問を解いたような嬉しげな顔で、小袋を開けた。
「死ななければならないっ! そうに違いないっ!」
 そして種を飲み下した。


 種に導かれ、彼は真っ黒な部屋にやって来た。
 薄汚れた研究服からいつの間にか着替え、今の彼はダブルスーツを着ている。イスに腰掛けていることで、目の前にあるグランドピアノの鍵盤はちょうどいい高さだ。だが彼に演奏のスキルは皆無である。
 戸惑う彼は、小さな震えに見舞われる。
 チョークがカタカタと揺れるていどで、均衡感覚が狂うほどではないが、彼はギョッと目を見開いて驚いた。
 彼よりももっと見開く、無数の眼を。
 この部屋の壁が真っ黒であったのは、閉じられた眼の瞼が黒色をしていたため。隙間なく眼が開いている今、部屋はむしろ真っ白い。
 彼は落ち着き無く辺りを見回し、諦めるように鍵盤へ向き直った。
 直後、彼の頭が破裂した。
 取って代わるようにたくさんの目玉が内側からあふれ出す。
 男の裏声の、奇妙な嘲笑いが響く。ここにあるすべての瞳が、微々ではあるが、感動して揺れる。
 彼――否、彼だった者が演奏を始めた。


 巨像のある、赤い影の纏われた、風の吹く、少年のいる、世界で。
『住人よ、はばたくがいい』
 少年が囁いたが、少なくとも物語はこれに応じてはじまった訳ではない。



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