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(愁)
~今にも終わりそうな小説掲載サイト~
Author:水瀬愁

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20.


 プラネタリウム。神姫は、三人を連れ、ガラスの階段を歩いて天体で最も明るいものへ近寄る。
 その前には先客がいる。彼女こそ、神姫が会いに来た者だ。
天使エンジェル。すまない。してやられてしまったようだ」
 空色の長髪が小ぶりのおしりにそっと乗っけられており、緑色の瞳は宝石が埋め込まれていると思わせるほど色彩に富んでいる。真っ白な肌がそのまま続くような振袖は、下が短いスカートとなっている。足が剥き出しだ。ニーソックスで隠せていない白い太ももに、神姫の目が吸い寄せられる。
 天使はえっちと言って笑った。穏やかで心優しい以外に特に感じさせない笑顔だが、好印象であるのは拭えない。
「コホンッ。えーと、現状を説明させていただきますね。この世界では今、四つの敵が個々に領域を展開しています。敵がもともと音の存在であることから、領域効果は戦闘力強化の一択に絞られます。少数派だから技術がそれほど発達しなかったのでしょう、領域は私のものよりとても小さいです。敵地に赴かねばなりませんが、敵を四つとも破壊することが当面の目的です」
 神姫はうんと頷き、背後に佇む二人へ告ぐ。
「遠藤美優」
 古風な佇まいに対し、時代錯誤な魔術杖を携えている。無力感のある目で、神姫の呼びかけに応じる。
「七原雛子」
 ホットパンツと、チアリーダーを思わせるトップスとで動きやすさを追及している。しかし得物は、常時は肩で背負わなければならないほど大きな筒である。陽気な瞳で、神姫に笑いかけた。
「これより、敵の各個撃破に移る。こちらの人数と、ちょうどピッタシだ。味方からの援護は無いと思って、全力を尽くすように」
 美優が深く頷いた。
「ちょうど、ではないんですよ。実は、やっと直りまして」
 神姫を背後から抱きしめ、天使が囁く。へぇ、と神姫は目を細めて天使の髪に手を伸ばした。
 うにゃあと、天使は喉を鳴らしてしまう。
「なら天使も来てくれるのか。では、私とともに行こう。こちらもひとつ嘘を吐いていてね、実は四つではなく五つ・・・・・・・・・・なんだよ」
「あらまぁ。ブランクが大きいので、ボスさんはお任せしますからね?」
「役不足だが、真っ当させてもらうとするよ」
 神姫は思った。
 ならば、六対五・・・だなと。


 すでに戦いははじまっている。
 鉄壁の金剛力士ゴンザレスが二つの神器をって打ち滅ぼしにかかるのに対し、敵が黒曜は剣を振るうのみだ。
 両者の攻撃に伴う破壊規模の差がとても大きい。斬撃を飛ばせるはずなのに、黒曜は何も壊していない。
 猛攻を掻い潜って神器を停止に追い込むでもなく、かといって神器が黒曜に傷をつけることもない。
 金剛力士は心を決め、同時に拳を握り込んだ。直後、有する第三の力韋駄天が爆発して戦闘は超近接へ。
 黒曜の目は真っ直ぐ其を捉えている。其は韋駄天であるのに、見切れているのだ。
 尋常でない速度の殴撃は、二の刹那で構えを終えた剣で完璧に受け流される。
 空ぶった殴撃が大気を裂き、あらぬ方向を突き進んでいった。
 もしこの金剛力を喰らっていたならば、たとえ回復の術があったとしても無駄だった。粉々にされてしまうからだ。
 だが金剛力にも連撃が可能だ。まだ黒曜の回避が成立したわけではなく、むしろ必殺の間合いに陥ってしまった。
 炸裂。そして降伏ごうぶく。大気に過疎をつくる旋風が駆け抜け、すべてが正しく戻ったとき、黒曜は血を流していた。人間のような赤い血だ。
「音の存在が、そのような血を流すとはな」
 妙に感慨深く思い、金剛力士はその心の内を呟くに至った。その呟きは正解だ、黒曜に真実を語らせたのだから。
「……音。違う、なぜならすべては作為だからだ。さくいは運命ではなく、個人の意図。そういえば、貴様も同じだな。もうすぐつらくなるぞ」
「音では無い、と? 馬鹿な。人外の力を扱うくせして」
「それこそ、貴様と同じだ。過信するな、牝馬は唯一無二の存在ではない」
 動揺が走る。
 人間の敵が人間であることは明らかに通常だが、この状況では在り得ぬと思っていたから。
「人間――」
「なぜなら、すべては無作為だからだ。蟻、虱、蜂、捨てがたいといえば捨てがたいが、結果的に捨ててよかったんだよ。異世界人に巡り合ったのはただの偶然だった。だって、その前は虎だったんだ。そこで満足していてもおかしくなかった」
 本能では届かぬ高みが、ここにはある。
「運良くも異世界人に巡り合って、それからはすこし傲慢になってしまってね。執着して、小隊をそろえてしまった。失態かもしれないね。文化が進化しすぎて、君たちのような強敵が立ちはだかってしまうとは。それに、人類がなんらかの形でこの超能力にたどり着けると予め知っていれば、他の手でそろえることもできた。そっちなら手早く済んだ。まったくもって、自分が不甲斐ない」
 理性でも届かぬ、その高み。運命のようだ。微笑む先では溢れかえっていて、背ける方では手を伸ばしても無駄だ。特にこれは、次元のような差もあった。
 だが渇望だけを募らせて、掴み取った者がいる。黒曜は笑った。
「さて、最後の雑談は終わりだ。劫渦ディーネに飲まれるがいい、糞共」


「あんた何様?」
 "器筒"を担う雛子が、対する敵へ冷たく告げた。
 敵は四足の蜘蛛で、四つの手を剣のように斧のように槍のように振るう。それだけでなく、銃のように中距離へ音の力を射撃することも可能だ。
 四足からは、任意のタイミングで力を放出し"足場"を生成できる。攻撃ずらしだけでなく、"足場"自体がとても堅いので防御策にもなる。
 非常に厄介な敵であると、雛子は思い知っていた。なぜなら"器筒"の砲撃では"足場"を貫けなかったからだ。その豪快さ故に、敵のユニークな移動に翻弄されてしまいもする。
 蜘蛛は突然動き出した。雛子へ一直線に距離を詰めんとして。
 対し、雛子が何度目かになる砲撃を照射する。蜘蛛はその機を待っていたようで、跳躍して地と垂直に。
 そして"足場"を形成する。
 此の攻と其の守との壮大な衝突は、此方と其方まで竜巻を拡げる。その中を平然と突っ切ってくる蜘蛛、雛子の砲撃が連発されないと見越しているのだろう。
 四つの打突が雛子へ。
「そうは問屋がなんとやら!」
 雛子の意思がはしる。牝馬へ、世界の騎士たる印へ。
 演奏の一部を切り取り具現化、音符の綴る五線譜が宙に飛び出た途端に真っ白に塗り潰されて防御壁に。
 黒いこの世ではより輝いてみえるその"盾"が敵にぶち当たり、どんっと押した。殺傷力も打撃力も足りないが、接近を食い止めるには十分すぎる。それに敵は、"盾"の進行の勢いに翻弄されてしまっている。
 ここまで僥倖であるから、雛子は焦ったように"器筒"を敵へ向ける。
 銃声と呼ぶにはけたたましい、太陽が昇るような極光の号音。
 天からではなく、しかも地と並行に駆ける雷光。
 "盾"を踏み潰し、敵へ牙を突き立てる。


 第三の黒場。そこに、ケラケラと悪魔のような嘲笑が響く。
 美優はまだ笑っていない。敵が笑ったのだ。
 敵の産んだ"兵隊"も笑っている。血も肉も無くして、それでも生きているということに安息と喜びを抱いているのだ。人だったもの。虫に喰われた人体の成れの果て。異形、の音化したもの。個々はやっぱり弱く、しかし厄介なくらいには強くなった。
 特に美優には剣技も兵器もない。分が悪い。
 敵は、巨人を両脚でガッチリと掴み取った巨大烏のような、そのようなイメージを模った粘土細工のような。武器を持っていないのに威圧感があるのは、その異形さ故か。
 美優は一歩踏み出し、杖を振るった。力強くはあるが、いかんせん単調で遅速だ。敵は簡単に避けると、"兵隊"に合図を飛ばした。
 "兵隊"が八方から打突を繰り出す。それらは総て、美優に突き刺さった。
 直後、韶光が彼女を包み込み奇跡が起こる。超回復。いやそんな言葉では済ませられぬ、時間回帰のような修復効果。
 だがどんなに不死身じみていても、無力なのでは決着がつかない。
「……あ、そっか。たおさなきゃ、だめなんだ」
 美優は目をしばたかせた。そして杖を手放す。
 呟く。そっと、無垢に、破滅の呪文・・・・・を。その人の名・・・・・を。切り札たる由縁の、絶大なる力の開錠を持ちかける。
 そしてその人は応えた。
 まず小さな嘲笑から。
 そして、その拍子に歯止めが効かなくなって、まるで苦しみもがくかのように全身をのたうち回る。
 でも笑いは止まらない。何がおかしくてたまらないのか。
 最後に瞳孔を縦横無尽に泳がせて、発条ぜんまいの切れた人形のようにカクッとこうべを垂れた。
 まだ続くその嘲笑は、本物の悪魔のそれだった。


 ついに、神姫が躍り出た。
 エスパーダで異形を切り裂きながら前進する。前進の障害があろうとも、その歩みは止まるどころか遅くなりもしない。軌跡には、肉片に見えない粉がはらはらと舞い落ちるのみ。
 その猛突を支える者がいた。天使だ。紋様の刻まれたくろがねの剣で、目にも留まらぬ技を繰り出し道を拓いている。神姫には劣るも、敵の骸は肉片になってしまっている。
「……おお、やっと大ボスか」
 神姫がじっと見通す先に、確かにそれはいた。
 それは人を模していた。桃色の長い髪を花のように咲かせている。蒼海を凝縮したような鎧、蒼天ガントレット・レギンス一であることの証明。たとえ闇の中でも解る聖、しかし皮肉なことにそれは堕天使であった。
 堕天使の目が天使に向く。直後、神姫の脇を風がすり抜けた。
 そしてガキンと、刃のぶつかり合う音が響く。天使へ突進した堕天使と、それを受け止める天使。
 堕天使は突進によって、天使の刃をその懐から引き剥がすことに成功した。流れるように動作を続け、決死の打突が決まる――
 だがその時、堕天使に一文字の傷痕が走る。神姫がゆるりと振り返った。
「有難い限り、そう、有難い限りだよ。でもね、私を無視するなんていけない。だから罰を与えたまでだ。君の決断が間違いだったとは言わないよ」
 神姫は腕を組んだ。
 堕天使からの報復が無い、なんてことは在り得ない。堕天使は神姫へ向き、一っ跳びで距離を詰めると、その勢いを丸々利用した斬撃を叩き込まんとする。
 それを阻害する極太の魔力光線。天使が堕天使に襲いかかったのだ。
 天使は杖に変形した得物を剣同様に振るい、堕天使に攻撃させない。
悪魔形態ソードフォーム!」
 続けて、杖を剣に戻し剣戟に持ち込む。天使は、目尻を吊り上げてとても高飛車そうになった。
 連撃の最中、頻繁に竜巻のように回転しては堕天使とは別種の増幅効果を生む。対し堕天使は距離を置かねばならないから、術が無い。
「キャハハハァッ!」
 甘いソプラノの金切り声をあげて、天使は堕天使に片腕を伸ばす。
 その片掌が堕天使の顔面を捉え、ギリギリと締め上げた。
 天使は剣をクルリと逆手に持ち替えると、堕天使に食い込ませた自らの五指の間から剣先を差し込む。
 脳天を貫こうとしているのだ。なんと残虐な、ともし誰かが叱責すれば彼女は笑っただろう。
 屍の積み上がった聖塔バベルの頂上でも、返り血を浴びた顔であっても綺麗に。綺麗に。いや、それも血塗られた刀があってこそ。彼女ならば、手か牙で人肉を引き千切ってもおかしくはない。
 なぜなら彼女は悪魔デビルであるから。


 ――夢見た。
 ――この瞬間ときを。
 風が吹き抜けた。
 何かに気づき、神姫が振り向いた時。何かに気づいて、神姫が目を丸くした直後。
 風が吹き抜けたのだ。

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19.


 赤き異形が液化、結合、再構築して出来たその巨大飛行艇は、数億の人間が犠牲になったと推測される。少なくとも、あの研究所にいた人間の数では全然足りない。
 闇黒の宇宙を推進し、しかし向かう先など無い。存在していることが使命なのだから。
 刻限まであと少しという時に、その場へガラクタが漂ってくる。
 巨大なガラクタだ。焼け焦げた金属の巨塊。
 異形艦には、同族以外を殺戮せよとのシステムが組み込まれている。異形艇は巨塊を敵と認識し、攻撃に向かう。
 その時、閃光が差した。
 巨塊の内から外へ向けて。しかし実体がある。まるで刃のような・・・・・・・・三条の閃光。
「……ビンゴか。いや何、宇宙に目を向けた途端に君たちにビンビン反応したから確信はしていたのだけどね」
 先手を打つように、剣闘士グラディアートル仙童神姫せんどうブリュンヒルデは登場した。
 彼女の一撃の勢いで、いくつかに分けられた巨塊が散らばった。それに伴い、他の二人の少女と一人の男の姿が露になる。
「ふぅ、やれやれ。ガタゴトと揺れるのはちょっと嫌いだな。無事に帰ることができたなら、博士に進言しておかねば」
「ママー。それ、死亡フラグ」
 高威力の破壊効果を秘めた"器筒"を背負い、少女の一人が神姫へ笑いかける。
 神姫はそれに微笑みを返し、四方を囲んできた異形艦へ聖柄の快刀グラディウスと新たな愛剣、魔王の神剣エスパーダを構えた。
 その横に並び立つ、他の守護者達。
 壮麗たる音楽は真空をもろともせず、宇宙にも響き渡る。
 戦闘開始。
 まず、異形艦が大口を開けた。吐き出される汚物たちの名は、九六式撃球げっきゅう。異形の血液中に百式まである細胞成分のうち、五番目に強い。
 神姫は一瞥で敵の数と位置を把握し、応戦への道を導き出す。そして動く。
 まず両手を、力を込めて左右へ伸ばした。二刀の放つ衝撃波は、到達した先にいる敵を総て刻んだ。続いて、伸ばされた二刀で翼を模し、推進。触れた物はたちどころに両断された。前に障害物があれば、神姫は即座に鳥をやめて十字に振るう。屍すら残さない。余剰の力が広がって、敵が少し一掃される。
 神姫が息継ぎをした。ここまでで、敵は攻撃態勢すらとれていない。
 ここから攻撃態勢をとれるかといえば、そうではない。
 妨害があるからだ。
 秘力たる破壊効果が解き放たれた。
 その様はまるで巨獣の滅拳。
 それに威力は劣れども、"箱"も殺戮の命を受けて高速で駆ける。
 それは滅ぶことも負けることも知らない絶対勝利の摂理プロヴィデンスを冠す。
 その速度、攻撃、ともに王権が行き渡る様に似ている。
 複数が補い合って、ここに成立する。雄壮なる王国平和。有象無象、一切合切、粒子ひと欠けらも逃さぬ、皆が個人にひれ伏す。平等に・・・
 だが、反旗を翻そうとする者がいるのだ。決して許されぬが、あってしまうのだ。
「……罪には、罰だ」
 神姫による罰の執行がはじまる。神姫は、赤い何かに埋もれてしまった。
 宇宙に存在するはずのない、赤い花に。


 赤い影の這い回る地面を嫌い、神姫は朱色の空に留まる。巨大樹を真っ直ぐ見つめている。
 巨大樹の幹の一部が変化して、ミストラルに。感情の篭もらない瞳に見つめられ、神姫は思った。
「整った顔つきだが、私が食うにはもっと女の子ぽくないとな」
『来訪せし者よ――』
 ミストラルは上半身だけ、それ以上は具現化しない。未だ巨大樹に取り込まれたままだが、移動はあまりにも迅速だった。幹から根のように伸びたのだ。
 神姫を背後から抱きしめるように、ミストラルが囁く。神姫は身動ぎひとつできない。
『お前は、運命アカシック・レコードの行路から脱落する。恐怖パンドラ祝福ヴァルハラ現世アース地獄ヘル天国ヘヴンも、何人も、この運命をはずすことは叶わぬ』
「矛盾だ――運命の上であることが運命。それに、だ。たとえ誰からも恩恵をもらえずとも、私が私を存立させるとも」
 地面から、巨大樹の根が飛び出した。槍のような打突で神姫を射抜かんとする。
 たかが三、神姫は最小の動きで躱した。続く十四第二波、大きく動いて避けるだけでは余り、そいつは双剣で切り裂いた。畏怖すべき二百四十第三波に対しては、神姫は快刀に秘められしもろは巨人の宝剣ギガス・グラムを開放し、それを大車輪に振るうことで薙ぎ払う。
 向かってこない千百二十五によって形成される、巣。神姫という雛を餌として捧ぐ場。神姫の抗いへの対策か、みるみるうちに層が重ねられていく。
「あーん」
 神姫は快刀を自らの喉奥に突きこんだ。
 咽ることもなくずぼずぼと飲み下し、ペロリと唇を舐める。準備は整ったという不敵な眼光で、巣を見据える。
 次の瞬間、花が開いた。
 巣の壁に衝突するのにそれほど時間はかからず、それからも開花は続行される。巣の崩壊する音が響く。耐久度に限界がきたのだろうか。だが、鋭利な花びらが巣に穴を開けることは一向になかった。
 花に一変が起きた。中心から色濃くなっていく。それは、二層目の花びらが進行している証。それが一層目に追いついたとき、鍔迫り合いは終焉を迎えた。
「私を見くびるなよ」
 今度は神姫がミストラルに距離を詰めていた。神姫は、彼の胸板を人差し指で撫で上げる。
 神姫の両手は、得物を何一つ持っていない。
 この時、エスパーダは剣という姿を捨て、この世界に牙を剥いていたのだ。
 そして唐突に、赤い影が黒く塗り潰され、空は夜を迎え、木すらも枯れ果ててしまう。
「怨み深い音楽をもって力を育み、成すは世界規模の災い。まさに"怨災≪おんさい≫"と呼ぶに相応しい。――だが、その野望もここまでだ」
 神姫はミストラルの両肩に手を添え、キス寸前の距離までミストラルに顔を近づける。不敵な笑みを浮かべて独語しはじめる。
「あの娘に訊いたよ、そして薄々だが勘付いてもいた。怨災とは、たった一人なんだと。そう、その一人とは君のことだよ。前に戦ったもののうち、主と呼ばれていたものすらも、君の信者でしかなかったなんて傑作だ。実に傑作だよ。誇っていいと思うよ。天使及び私は、君の存在をまったく認知していなかったのだからね。
 だが今ならわかる。君の野望は、この世界の性質・・、つまり音力に対して慣性状態・・・・・・・・・となるこの世界の地形・・・・・・・・・・及び建造物・・・・・を要塞や防具の材料として用いること、そしてもう一つは、私たちが変身しなければ戦えないことにも繋がるが」
 上機嫌だ、とても。
音は音にしか見えない・・・・・・・・・・会話できない・・・・・・傷つけられないという・・・・・・・・・・法則を・・・この世界のエネルギー・・・・・・・・・・は破る・・・。だから君は、この世界のエネルギーを根こそぎ吸収してしまおうと考えているね? この世界のエネルギーはあまりにも弱小だが、地球の営力だけでなく核などの技術品からもかき集めれば、相当の増強が可能だろう。――私も知らなかったよ、これは。天使が話してくれるまではね。当初は、人間では非力だからあのフリフリ姿で音集めをさせられていた、と思い込んでしまっていた」
 そして語りすぎた挙句、不機嫌になった。
 神姫が指を鳴らすのに応じて、黒が木に集中し、ミストラルを羽交い絞めにするように一人の女が出来上がった。
 チョコの姿ではない黒の女。
『黄泉』
 ミストラルはその黒の存在を知っている。
「……私が神姫の運命をはずす刃となりましょう。恐怖からは、完全に遮る盾となってみせましょう」
「では手始めに、こいつを殺せ。これで、残りの敵はほんとうに残党となる」
 黒の女がミストラルを力の限り抱きしめる。
 だがミストラルは、木から己の体を脱出させた。どこからか湧いて出た布にパサッと身をくるんでから、木を振り返る。脚があった。
 黒の女は、木の幹に両手を添え、自らを木から引きずり出す。瞬時に脚を構成し、手にあるものをミストラルへひけらかす。
 "騎士の牝馬ナイトメーア"
「あまいあまいフレグランスを嗅ぐように――」
 変身コマンドとは少し違う。拡張された機能、音である彼女の専用のコマンド、それは強化クラスチェンジ
 彼女の背中から蝙蝠の羽がバサッと広がり、舞い散る羽根にまぎれて彼女が装飾されていく。
 闇の吐息をひとつ。満足げである。締めというように、瞳が紫色に強く強く輝き始める。
 黄泉は魔女メハシェファとなった。
「私の音に――溺れなさい」
 虚空よりセファーを一冊だけ取り出し、片手にもった。


 黒い影が巻き上げられて、世界が失われていく。その中に一筋の光が差したが、それすらも黒く塗り潰された。


 異形艦が撃沈する騒音が響く。これで二度目だ。一度目の破壊者は"器筒"の少女、二度目の破壊者は"箱"の男。
 残る一人は、初めの位置から一歩たりとも動こうとしない。
 "器筒"の少女が、働けと目で合図しても。
「……わたし、今回は切り札だから」
「……あ、っそ」
 "器筒"の少女は、鬱憤を晴らすように得物をぶんぶんと振り回した。
 唐突にトリガーに指をかける。
 駆け抜ける極太ビームは、砲身が振り回されているものだから"斬る"行為を行った。
 八方にある総てに向けて。もちろん仲間も。
「……泣くよ?」
 だが、無傷で居る。"器筒"の少女の鬱憤は頂点に達した。歯を食い縛って敵意を露にする。
 それに対し、本気で目に涙を溜め出したが、
「泣くなよ。君は笑っている方が可愛い」
 神姫が制したので、総てが治まった。
 先ほどまでの鬱憤はどこへやら、ママぁーと神姫に抱きつく"器筒"の少女。
 よしよしと撫でる手と反対の方には、エスパーダが握られている。
「ゴンザレスはどこにいったのかな。異形艦の殲滅にはあまり向かない攻撃タイプをしているけど、サボったなんて在り得ないよね?」
「何その絶対的信頼」
「てんしによばれたの。敵、四匹」
 神姫は母なる惑星に目を向けた。しくじった、と舌打ちを漏らした。

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