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~今にも終わりそうな小説掲載サイト~
Author:水瀬愁

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 夜闇が満ちる世界。
 "ガブリエルの翼"から二閃が伸びる。
 それを構成するのは、一個のではなく無数の。故に直撃には多段の音を伴い、照射という態勢が面的圧力でなく切断に該当する。
 『龍大撃砲ヘルーク』と呼ばれる、剣の女神が扱うのにらしからぬ烈波レッパだ。
 それは紙っぽくて、クレヨンで塗られてるぽくって、幼稚な、けど凶暴っぽそうな怪獣を荒削りしている。
 だが、見た目以上の鉄壁ぷり。怪獣は防御だけでなく、攻撃に移りそうですらいる。
 攻撃手段は、今も口蓋から漏れる吐息を全力開放するものであろうか。もしそうなら、大地を焼野原にせぬために一撃も撃たせてはならぬ。
 なら時間をかけてはならない。女神はより強力に。
 形が、空を独占する超常水準にまで肥大化する。
 そして強化された主砲が二撃目を発つ。怪獣はそれまでとは違い、唸り声を上げて苦しむ。顔も苦しげなのだろうが、全身を閃撃が包んでいるために予想しかできない。
 怪獣が霧のように消えた。女神に倒された故の、抗えぬ末路だ。
 女神は達成感を振り切り、怪獣の間近へ寄る。消えるということの余韻を、間近で観察するためだ。
 夜闇の中だから見逃してしまいそうになる、黒い炭。幾つも幾つも、無造作に飛んでいる。少しすれば風に乗って、だけど重力に逆らわず落下していくだろう。


「……やはり、紙のようだよ」
 足場にトンッと降り立ち、変身を解いた女神。いや、少女。
 そして、同一化を解いた天使に向く。
「イラストモンスター、と言ったところかね。前に出遭った"音っぽいもの"と同種と考えてよさそうだ」
「ほむぅ♪」
「"濃厚な力を発してるから本物かもっ"と再三再四言い切ったのは、どこの誰だ? あァ?」
「ほむぅぅぅぅぅぅっ♪」
 文尾の文字からだと嬉しげなように聞こえるかもしれないが、天使は少女に引っ張られているのでとても苦しげだ。
「あっ、ビビッときた、電波がきましたですぅ♪ 南、南南東にさんキロ♪」
 必死になって叫ぶ天使は、音もなく消える。いや、その音は実はあったのかもしれないが、別の音に塗り潰されたので響きはしなかった。
 人工でも自然でもない一音が残る最中、光芒を吐き出しながら韶光はそらをゆく。
 そうして、辿り着いた戦場で――少女は、女神は、またも特撮めいた怪獣に出遭った。
 両腕がハサミの怪獣さんだ。どっかで見たなと、女神は醒め切った目でその怪獣を見つめる。
 今、怪獣は咆哮をあげた。怖そうなんだけど、見た目が迫力に欠けすぎているからぜんぜん怖くない。
 だが、気力が殺がれても女神は手加減しない。
 目を見開き、背を丸め、怪獣に大口をあけ、痙攣とともに吐き出したのは宝飾品レベルの美を誇る白銀刀身。
 それは一本のまま、女神の口から真っ直ぐに、どこまでもいつまでも弾丸並の速度で伸びていく。
 打突行為なのかといえば、それは女神の意図するところではない。彼女は上半身を骨が折れてしまいそうなくらい寝かせて回る、つまり大振りな切断が彼女の本望なのだ。
 そして女神が最終演舞のために得た四つの力のひとつでもある。
「最終演舞。そう、一クールに達したから終わりなのだ」
 女神が空を仰ぎ見た、その時、


 エルザエロ・エムドエル――最後にして最強の"ラ"が、嘆きの悲鳴をあげた。
 その足元に、人間の男と識別できる死骸がころがっている。
 直前までそれは"ラ"の関心を惹き、心を夢中にさせ、いつまでも抱きしめていたいような愛しい人だった。
 今はもう動くことはない。エルザエロ・エムドエルが日に日に夢み美化しつづけた、愛しい人の浮かべたことのない笑みも、これでは現実の物に成りようがない。
 故にエルザエロ・エムドエルは泣くことに明け暮れる。人が死ぬということを知らなかったためのこの惨劇と、人の生死を輪廻を破るように繰ることができる己の力の無力さとを、悔み悔み、悔み抜くように。
 そのあまりの痛ましさに目もあてられなくなったか、または彼女の強い感情に呼応でもしたか、
 兎も角、それは彼女に抱えきれぬほどの感情の量を幾らか引き受け、彼女に立ちこめる曇りを掃うべく世界に飛来する。
 闘う事しか知らない身であったことは限り無く不運と言えよう。彼女の望まぬような事なのだから。
 だがそうと知りつつも、焦るように行う。
 彼女が何かを望んでいると、誰が言えようか――それの結論は、WHATに答えぬという、行動を起こすには明らかに矛盾したもの。
 そんなものを秘めたままでさえ、それの仕草一つは気高く猛る。
 愛も何も教えてもらっていないままだというのに、その新たな子は主への想いで突き動かされているのだ。
 笑って欲しいとでも、人間のように一途に願っているのだろうか。


 従えた暗雲を渦巻かせる其は、天空の竜。否、天空でできた竜。
 イラストモンスターの類にして、主の力の一片とは思いがたき一つの脅威。
「3Dかね……しかも、描き方が違う。以下は独り言だ。京アニ最高。以上、独り言おしまい」
 女神は呟いた。
 呟いた瞬間、三つの動作が開始される。
 "ガブリエルの翼"がその存在意義を走らせる。と同時に"バルムンク"が特有の刃を繰り出す。
 最後の一つとは、前の二つが躱された・・・・・・・・・ために必要となった・・・・・・・・・回避動作。
 だがそれは成立しなかった。なぜなら、瞬時に行われた追撃に直に当たってしまったから。
 女神に羽があるため、そして追撃が炎球だったため、まさに撃ち落されたと表現するのが妥当すぎる。女神はしばらく自由落下し、足で宙に立った・・・
 所詮、"ガブリエルの翼"は特注の推進剤でしかない。
 だがそれをもってしても、相対する敵のほうが優れていた。
「どういうことだ。まさか、これが"ラ"の本体なのか?」
 一番合致のいく予想を口にしたが最後、女神は思考の暇のない翻弄へ身を引きずり込まれる。
 敵――炎球を吐き出す、竜巻のような龍頭――は、あまりにも素早い。考慮に時間を裂き、その間は"ガブリエルの翼"を発揮せずにいた女神が一番知っている。傷が、痛みが、損失感が、敵の脅威さを思い知らせてくれる。
 上手いこと逃れ、女神はようやく苦い顔をした。抉りぬかれた右足を、いたわるように後衛へずらす。
 龍頭が女神のひ弱さを知り、小さく嘲笑った。女神はその口車にのせられるように、"ガブリエルの翼"を大きく大きく広げる。
「全力速度、」
 女神は技名のようなものを呟くが、その音は追い抜かれる。
「燕」
 龍頭にまず届いたのは、女神の一撃だ。次に技名を聞き取り、最後に女神が身を翻すのを見る。
 龍頭は、その竜巻に無数の亀裂を刻み込まれた。

 死ぬのか――
 何も為していないのに――
 それなのに終わるなど――

 亀裂が全身に巡り、爆裂するようにおもわれた。
 だがその直前、龍頭は唸り声をひとつ上げる。気迫で、訪れる死に抗わんとする。
 あまりにも無駄な愚行。
 亀裂は止まらない――
 爆裂がはじまる――
 死が――

 止まれ――
 止まれ――
 止まれ――
 止まれ――

 ――止まる

 女神の唇が"な"の形を作る。その瞬間、龍頭は炎球を吐き出した。
 女神に直撃する。零距離であったため、巻き起こる爆風には二者ともが飲み込まれる。
 爆風の中から初めに抜け出したのは、自由落下する女神。
 この度は、再び立つ力も残っていないようで、女神はいつまでもどこまでも落ちていく。
 それを追う龍頭。口蓋から紫のほむらを漏らし、残る力を振り絞り決定打を下さん。
 その牙が女神を貫く。


「体に似合わぬ素早い身のこなしと精神の幼さ。多彩な忍術を習得した体に、それを至上最高のやり方で生かす技。とくれば、やっぱり呼び名は怪人だよね!」
「や、その思考はおかしい。そこは忍者だろ。現実離れした萌え要素があるのは兎も角」
 体育の授業。体育館で、バスケットボールを行う。
 今は準備運動がてら、二人一組になって1バウンドでパスを渡し合っている。
「何でも怪人が出るって話だよ」
「怪人? なんだいそれは」
「さぁ?」
「中身のない噂かよ。もっと会話の続く話題にしてく、れっ!」
「いやいや、そうでもないのよ。ニュースでも取り上げられてさ。知ってる? ビルがいきなり粉になったり、倒壊しちゃったていう大事、っ故!」
「知らない、よっ!」
「同じ内容だけでも丸々一週間は流れてたんだけどなぁ。ちなみに唯一の目撃者がいて、最初のがその人の話した連続崩壊犯についての情報なのよ。まあ変な言動ばっかだったから信憑性は無いらしいけ、どっ!」
「……」
「ちょ。無言でジャイロボール投げ込むのやめて! ああ、ジャイロフォークまで!」
 少女と、少女をママと呼ぶ同年齢の女子生徒が、ブルマという動きやすい姿であるのを生かして活発に飛び回っていた。
 

「怪人はそろそろ潰えるかもしれないよ。どう、思う?」
 繋いだ手はそのままに、限りまでその腕を伸ばす。相方も、同じように動く。
「気をつけてくれたまえ。ママが凝り性なのは前々から知ってるから、何も言わん」
 微笑む。
「大丈夫。あとちょっとのことだ」
「ばーか。嘘ついても、私にはバレるんだからね」
 手と手が離れた。


 摩天楼の頂上は、遥か上空にある。
 そこから一足に跳び、より天空に昇るそれ――剣の女神。
 尋常でない速度で、それに気づくこれ――天空という竜、ナオ
 王は女神に、炎を三つ吐き出し、己の巨躯もぶつけにいく。
「阿呆なものだな……」
 女神は炎を総て躱す。最後の一つはぎりぎりだったが、それは計算したもの。王の身に、まるで乗馬のように飛び乗るための算段だった。
 よって、体当たりは回避したも同然。女神の位置は絶好の死角である。
「……せめて、貴様の主が私によって幸せになるのを、三途の河から見上げろ」
 真一文字に神話が刻む、黒き神の力。
 ゆるやかに世界に放散していく様はまるで夜。


 朝霧のような夜闇が去り、後には月が残った。
 ――エルザエロ・エムドエルは、生命が尽きる直前のような淡さを、絶望することでより美麗にその身に宿す。
 よって月。
 月は輝いているわけではない。太陽に照らされているだけだ。
 エルザエロ・エムドエルという月は、太陽を失った。
 純粋で、無垢で、真っ直ぐで、願いを言うことがなかった彼、
 彼を心底、思い慕っていた。逆にエムザエロ・エムドエルが願いを抱いたほどに。
 けれどどれも空回りしてばかり。
 エムザエロ・エムドエルの思い通りにいかないまま、彼は死んでしまった。
 そうして太陽をなくした月が、百人いれば百人とも絶賛するだろうほどに美しい。人の尺では計りきれぬ存在だから、そのような輝きを今も尚放つのだろうか。
みこと……」
「悲しいか、エムドエル」
 女神が尋ねた。自答は直ぐ。
「そうか。失うとは、どんな物にとっても悲しいことなのだな」
 女神は、場違いな口調で話す。もとから通りやすいのか、声が大きい。
「では、一つ提案するよ――」
 前置きひとつ。しかし女神は、横へ首を振った。エムドエルは小さく、訝しげに思う。
「私は嘘を言うのが苦手だ。あの魔女のようにスラスラとは言えない、丸め込むことはできない。今まで闘いでしか物を得なかった私では、得に、な」
 真摯な者だと、エムドエルは思った。
 だから呟いた。緑髪の女神エルザエロ・エムドエルは、
「……あなたに興味が湧きました」
「良いよ。気を使わんでくれ。私は、できれば君を癒してあげたいと思っている」
 豊かな丸みを描く腰に、同じくらいの膨らみを誇る胸に、女神の手がそっと添えられるを感じ、
「こんなことしか、できないけれど」
「……慰めてくれるのね。ありがとう」
 親しげに笑った。女神も、微笑み返した。


 天空から神園ヴァルハラへ還るように、極光の翼が虹色の粉を撒き散らして昇っていく。
 それを背に――否、桜色鏡面塗装のフルコンサートグランドピアノを前に、
 同色のイスにちょこんと腰を下ろすその少女を前に、
 先ほどまで女神だった中華な御団子頭の子が、鋭く冷たい眼光をギラつかせている。下の世界だいちから発する青白い光で、少し見にくい。
仙童神姫せんどうブリュンヒルデ
 少女が、言い連ねた。
「目つきがややきつい、でも甘え上手な猫っぽい。口調や思考が、常人離れしている。後輩系ツンデレ属性付美少女に豪快さんが乗り移った、というほうが信じられそうだ。天然物とは思えない。たまに高笑いすら浮かべるので、第一印象とのギャップに絶望して女性不信になるファン多し。
髪――うっすら茶色がかかる――は両側面にひとつずつ、お団子に纏めているだけでそれ以外は細工無し。ボディはグラマーだが、本人がそれを強調する服装をしない――フード付ジャンパーにすっぽり包まったり、女の子らしくないですよね――だけど、ファッションに無関心なわけではなく、相手方を茶化すための可愛い服装なんかは何通りか用意してある――外出時の私服なため、ゴスロリなんかは無い模様――」
「何かね。私は、分析プレイは苦手なのだが。いやそれよりも」
 子は尋ねた。
「君は誰かね?」
「……私は、♪天使です。今までも、これからも」
 少女は、子へ、恭しく膝をついた。
「計画的に物事を進める性格で、カリスマと判断力・独創性は十分あるが、感情的になりがち――というか、他人にはできない理屈で動いていらっしゃる――。時代劇好きなのか、口調がそれっぽい。
そんな個性的だけれど、力を扱う才は稀に見るもの。そんなあなただからこそ、お願いしたいのです」
 言う。それから顔を上げると、子へ確認を求める。
「気分はどうですか?」
「もちろん、最高だ。これで終わりでないと知った今だからこそ、ね」
 嘘ではない快感、理解できずとも求めてしまう夢。
 ハマってしまったから、手放すなんて惜しすぎる。――そう思い、子は言う。じょじょに熱を上げて。
「私、仙童神姫はまだまだ物足りないよ。もっとデンジャラスに、死を感じさせてくれ。ともに生を教えてくれ。私では、音に依存しているようで、正義のヒロインの名を騙るに終わるかもしれないけれど……必要と言うならば、君はなんでもするのだろう? べた誉めでも甘囁チャームでもあらゆる手を尽くして、掌握するのだろう? そんな君にとって、正義など後回しにしていい物なのなら、私は都合の良い手駒なはずだ。私が求め、君が応じる。無駄のない契約だよ。さあ、何のためらいも必要ない。私を駒とするがいい、天使」
 応えるように、少女がピアノへ向き直り、それに手を這わせた。
 小さな、小さな音からはじまった。
 それからは、波のように表情を幾つも変えて、翻弄するように大小を何度も揺るがせて。
「……ははっ」
 スイッチが入るように、子は満面の笑みを浮かべる。
 嬉しすぎて踊っている。幸せすぎて飛び跳ねている。
 声をたてて微笑みながら、落ち着きなくおどけている。
 こんなものが正義の拠り所だと、誰が思うだろうか。
 だが、確かにそうなのだ。惑星地球号を守護する正義とは、本当にこれなのだ。
 天使は先ほど、子に述べた。
『この世界を脅威から護る』と――。








13.


 ニッコリ笑顔で、擬人化した天使が告げた。
「やりました~。やっとおんぷ天使、完全復活です~♪ これでこの世界を守護できます~♪」
「や、なんか前回と雰囲気違うくない?」
「あれぇ、言ってませんでしたっけ?♪ ――この世界は、ある"怨害"≪おんさい≫の侵入を許してしまいそうなんです。私はそいつらを追い払うために来た、勇者さんですよ♪」
 第二部開幕。
「そんなことは聞いてない。ていうか前回に教えてもらったよ、省略されてたけど! ――侵入してくる敵の名を、前回のときには思いついてなかったんだってさ。だから今やり直すって、小説なんだからコッソリ手直せばいいのに」
「まあまあ、いいじゃないですかー、十行かそこらのことですしー♪ あ、そうそう、この場面の次は夏休み真っ只中に飛ぶらしいですので、急な温度変化で体調を崩されないよう気をつけてくださいね神姫ブリュンヒルデさんー♪」
「容赦ないな天使エンジェル


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11.


 騎神は基本的に昼には行動しない。短期決戦は夜となる。
 数瞬を待って、呼とも吸ともつかぬ息の声を発する。
 ――一足で、夜空を眼下に。
 女神は手を伸ばした。憤怒の末の、渇望だ。付け入る隙の無い強力さに女神は惚れる。神となる前に神と思えたもののように、神となったあとに神と思えたものを。だが今回は与えられるものではない。ならば勝ち取らなければならない。
 女神の信念においては、伸ばす手が空をきることがあってはならない。たとえ有無という次元の壁があっても、それは変わらない。
 明け渡せと、剥き出しの狂気を刃にかえていざ。

 騎神にとっての平穏は、急襲によって崩れ去った。
 急襲の形はドーナッツ。中心に騎神が位置するのは言うまでもなく、逃走進路もいうまでもない。
 騎神は二つのうち、下方への落下を選んだ。攻撃範囲からぎりぎり逃れる位置で停まるのに、勢いを殺すというモーションがあったかは定かでない。
 その眼中には、数度となく渡り合ってきた障害が。
 ――炎の龍に包まれ、打突せんと襲来。
 騎神はついに防御した。必殺に魔女の加護が纏わり付いているのは、それでも止まらない。
 待望された結果がついに成立する。凌駕は為された。
「シャーマニズム万歳だな……ッ!」
 よって期待は跳ね上がり、貪欲に願い二撃目へ。
 斬撃となる力の性質を破壊力に変換するシステム――エイドも持続している。未だ効れそうにない。
 魔力にものを言わせてざくざくと切り刻みにいこうと、女神は【魔剣】と呼称すべきバルムンクを酷使しはじめる。
 バルムンクは一振りされるごとに、爆発を生む。当たっても、当たらずとも。しかし斬撃という凝縮状態よりももっと、騎神の装甲を傷つける力に乏しい。エネルギー量は同じで、ただ放散型になったというだけなのだから、当然だろう。
 あるのは、物を動かす力のみ。
 ダメージは無くとも、移動の自由を略奪される謂れがないので騎神は。
 ――爆発には爆発を、というように嵐で抗戦。
 その一撃の余響すら掻き消えた刻、女神と騎神は互いを睨みあっていた。
 いや、女神の攻撃はすでに放ち終えられていた。
 常に抜刀されていた刀身が、嵐のうちに居なくなっている。
 本来ありえぬそれは、摩訶不思議。だが成立する条件は満たされている、魔女とその恩恵が此処に存在するが故に。
 地響きという尾を引いて、騎神の背後に爆発が起こる。
 騎神の後頭部にめり込んだバルムンクの刀身から、斬撃があの新たな形で放出されたのだ。
 騎神の逃れようとした事態が加速する。間髪入れずに騎神へ殴打をお見舞いした女神。その手にも魔法がコーティングされていたのだろう、殴打は爆発と化して騎神を強行する。
 爆発力の尽きた先は、ただの夜空とは言いがたい。なぜなら、女神がしてやったりという風に微笑んでいるから。
 大綱はその女神。行使する者はその好敵手。
 肩を並べるなど夢でも在り得ぬと互いに思い合ったことだが、歴戦の戦友のように鮮やかな連携であった。結果、成り立つ。
「作戦通りに誘い込んだわけだけど、果たしてこれで終わりだろうか」
 総計、十億七千三百七十四万千八百二十四条。それは、各々は綱。全貌は檻。
 騎神の装甲がずたずたにされていて、一箇所も穴のない檻を高速で通過したのだと物語る。それだけの代償で逃亡できたなら、まだやさしい結果だ。だが現実は苦くも、捕獲だと述べる。
「否、初撃が済んだだけだよ」
 高速――女神に追いすがることを許さぬような騎神自身の速度に匹敵する推進力ばくはつ――それが威力に肩入れすれば、『兵団』ですら起こせなかった奇跡を起こせる。それが初撃に限る奇跡かといえば、そうではない。
 『兵団』という無限の可能性が唯一の制約、とある方向に直線するポーンの生き様。魔はそれを改変プロモーションしてしまうどころか、あまりに力量が大きいために"必中"を約束することすら可能なのだ。
 魔と武の融合した現在、突き進む先に敵はなし。
「君の協力分、私も頑張ったのだから、君も私の協力分、圧倒的にたのむよ」
 騎神を誘い込んだ直後に檻の"隠蔽"が解けたが、実は夜闇にまぎれたままでも一向に構わなかったのだ。女神の要求に応えるため、エフェクトを補強するのに"隠蔽"の効力が無くされたといっても過言ではない。
「魔女」
 魔の伴奏に武が舞踏する。指揮者の魔女が"隠蔽"を解き、遥か大空からその舞踏会を見下ろす。
 女神と魔女の笑顔は似ていた。


「すぅぅ――ばらしいィッッ!!」
 騎神という超常的存在は、作られたものだ。
 それの創造主であり未知おとを初めて解明した人間、探求に心奪われし博士、その枯れ木みたいな老爺は頭上で催されているダンスパーティに昂ぶっていた。
 仕方ないだろう、最強最極と自負できる完成品が敗退しかけているのだから。片腕の肘から先に装着されたきょ"グラムカリバーン"はこの世のものならなんでも壊し、音質も高純度の超圧縮濃度を誇るから同種でも歯が立たない計算、のはずだった。人間で皮膚に相当する騎神の装甲は核レベルのエネルギーの照射では傷一つつかず、より強大な力の有力体に凌駕されそうになったとしても両肩に背負う超石"カイザーコア"から通常の二倍に相当する音力が領域上に引き出せるため不滅だけは絶対的に成立する、そのはずだった。
 しかし不良があったなどという事実は、プライドの撃滅に繋がらない。いわば火に油を注ぐようなものだ。
「ザキラ(The killer)。早く負けるのデェス! 私を第二の研究に着手させるためェェぇに、一区切りをみせつけなさぁぁぁぁっっっっい――」
「あの教授を連想した。どの教授かはアレなんで言えないが」
 叫びを聞きつけたか、老翁のもとに降り立つ者がいた。
 女神だ。騎神ザキラと舞踏する権利を好敵手に明け渡し、そのままこの場所へひとっ飛びしてきた。随分、余力があるようだ。前回までとはやはり違う。
 老翁は昂揚をサッと静めた。だが、女神に恐怖している風はない。無感情にじっと見つめているだけ。
「……グゥゥッレイトな追加モジュールを閃いたので、はやく研究にもどりたぁイ。音学とも呼称すべぇきこの超スペシャル科学なスキルゥ! きっと計画以上の結果製品を実装できるでショウ!」
「いや、グゥレイトは前世紀のネタだけどね……今はハイパーバズーカだとか、射線変更できるゲロビとかが主流だよ」
「しかぁし夢は消、え、ぬ!」
「とても正しい意見です。そんけーします」
 女神は口調を改め、姿勢をキチッとした。敬礼までした。
 その豹変っぷりに、老翁が眉をひそめ――親指をあげた。
 意思疎通が完了した。それどころか、魂が共鳴していた。
「あの音学の結晶をぉぉぉ、破壊しデストロイ削除リセット消去ぉ! おっけー?」
「べりーおっけぇ」
 老翁が叫び、女神が応じる。
 女神は戦場へ舞い戻っていく。
 それまでより幾らか力の入った跳躍だった。


 隅さえ残さず、くまなく刃が及んでいる。
 その矛先は舞台のもう一人の役者、ザキラに向く。神のように圧倒的だったザキラも、今となっては翻弄の境地に立たされている。加虐的に甚振っているのは、作戦か指揮者の性質か。
 一方的な殺戮劇に、変化が訪れた。言葉通り。
 変化――刃の陣形の一角を消去し、ザキラへの一本道を創造し、突き進んでくる其れは女神。
 魔女は指揮を一気に倍の数に増やす。そのうちの幾条かがザキラに最後の一撃を打ち込まんとし、より条数の多いものが束となり龍のようになり女神を屠りに向かう。
 だが間違えるな。それは魔女の為す魔ではなく、武だ。
「――っ」
 女神が願うと同時、武の龍が掻き消えた。女神は加速し、剣先をザキラへ向け構える。突進力に身を任せ単調に突き込む算段なのだ。
 それも、魔女がザキラに負わせてきた武を『封結』させているからこそできる業。
 打突はさらに炎龍を纏うことで強化される。その女神の一撃は、総てのエネルギーをザキラに注ぎ込む。
 許容を超えたザキラの体が熔岩に溶かされるように瓦解した。


 "カイザーコア"がぽろりと宙に投げられる。それを引っ掴んだ女神は飛び退いた。
「くぅ、まさか魔法のコーティングを解かなかったのにこんな訳があったとは……」
 女神が抱えているのは、一つだけ。もう一つは、突然女神に牙を向いた炎龍が咥えている。
 炎龍が泳ぐ先で、魔女が笑っていた。
 "カイザーコア"を手に取った魔女は、迷うことなく大口をあけて"カイザーコア"を喉奥まで押し込んだ。
 そしてゴクリ、と飲み下した。
 "シ"の濁った音色が鳴響した。
 ――刹那。
 光炎に見紛うほどの共鳴が起こった。
 もう一つの"カイザーコア"は透き通った"ソ"を鳴らす。全然別の存在だが、両者は人工的に同一化されていて、今では一個の存在だ。分離しても互いに引き合うのも道理。
 突然の運動力に、女神は手放す程度で済んだ。だが、魔女にいたっては体調を急変させた。
 嘔吐を堪えるように口元を両手で押さえ、四つん這いになるまで身を折る。目を見開き、泳がせ、ぶるぶる震える。
 心を折って、吐くような事態には至らない。凄まじい精神力だが、魔女の体が先に屈服してしまった。
 嘔吐。まず、飲み込まれたばかりの"シ" その次に消化物と胃液と血とにまみれて"ファ"と"ド"
 つまり魔女は非力な人間へ逆戻りしたわけだ。女神が注視する中、魔女――チョコ・L・ヴィータは血の花とともに地上界へ落ちていく。
「無言無印で圧倒的な奇跡を起こす超越者が、こんなところで呆気ない終わりを迎えるとは。
……ま。またひょっこり顔を出してくれるんだろうね」
 女神は魔女の骸を見送り、前を向いた。
 そこに再臨したザキラを――音源が倍化したために増築をおこなったその騎神の新たな姿形を――目に留めた。
 摩天楼をつくる超高層ビルと同等はあるだろう、その巨躯を。


「騎神の身の丈からするに、迫撃をされようものならこっちは原型を残すことすらできないよねぇ」
 女神は決心した。そしてバルムンクを垂直に構え、念じる。
 応えるのは内なる力。秘めし第三の刃。形は、今決断され、成立する。
 必要なものを補うような――必要なものとはすなわち、迫撃を掻い潜るような速度と、この状況を打開する攻撃手段。
 だが刃は一個しかない。四個も持ち合わせる敵にこれだけでは、破れる計算になりようがない。故に単純な形は最も駄目だ。計算という次元を飛び越える、『兵団』に類似したような何か。
 数瞬も経たぬうちに、成立した。
 騎神の光無き闇の色から、ヒントを得たのだろうか――第三の刃は、至高の光アーリアルと似た聖なる祝福を醸し出していた。
 まるでプリマベーラに咲く一輪の花のよう。永い日のように緩やかに動けば、次第に緑の濃さを増す木々をクスクス微笑ませる暖かい陽射しと春一番とを発ち生む。
 "ガブリエルの翼"は生を受けた。
「『龍大撃砲ヘルーク』」
 直ぐさま命を受け、技は炸裂する。
 二条、騎神ザキラに直進する。その二条は太陽の光を翼の面で跳ね返したような、輝く白い煙を噴きだしたようなもので、力強さは微塵も感じられない。
 しかし飛竜のブレスの模倣にして発展技、唯一の攻撃法にして瞬間的に大ダメージを与える最大の奥義なのだ。
「――っ!!」
 『龍大撃砲』の照射は、絶え間ない多段の直撃音と、キャタピラが虐げたような破砕音とを伴って、ザキラの装甲を剥がし取っていく。
 レーザーのような一個の貫通力でも一個の熱エネルギーでもない。構造は『兵団』に酷似する。そういう意味でも、発展型に位置する。
 ザキラもやられっぱなしではない。高速で腕を振るい、女神を叩き落さんとする。『飛弧』と比べるまでもないほどに、大きい。射程外に逃れるなど不可能な素早さもある。
 だが、それを上回る速度を女神は有している。だけでなく、威力を代償としていないために、蝶のように舞うだけでは終わらない。
 "ガブリエルの翼"の羽ばたく音が一つ、その直後にザキラの頭上へ移っている女神は蜂のように刺す。
 ――まるで大群の蜂のように、刺しまくる。
 『龍大撃砲』の超多段ヒットが炸裂を止めない。限りある防御力など、世界の消滅するその日までに削がれ切ってしまうだろう。
「木端微塵にしてやんよッ」
 ザキラが回避行動に移らんと力み、女神がそれを追尾しようと力んだ、
 その矢先、大空を劫火で焦がしながら突き進む二つの鉄槌が――
 グシャリ。
 と、ザキラの胴体に、風穴を開ける勢いでぶつかった。
 女神は追尾をやめ、今の位置よりさらに上空へ緊急回避し、見る。そして目を真ん丸くした。
 鉄槌の正体がロケットパンチだったのだ。
 ロケットパンチの五指がザキラ内部へ食い込んでいく。ギィギィと、金切りな悲鳴が轟く。そして終いには――パックリと、上半身と下半身が分離した。
 乱入してきた一撃に、ザキラがあっという間に昇天してしまった。
 女神が摩天楼に目を向けた。立ち並ぶビルに混じって、それは居座っていた。
 腕のない巨大ロボ。
 それは真っ白い光の灯る双眸でザキラをじっと見つめている。
 ――二つは同時に、霧のように掻き消えた。
 ザキラの方には触れられない珠が三つ残った。
 女神は漁夫の利を得たのか、否、
「これも始まりか。終焉の」
 女神は片手に"ソ"を掴み、もう片腕に"シ"と"ファ"と"ド"を抱えている。
 つまりリーチ。コンプまで、音はあと一個。



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