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(愁)
~今にも終わりそうな小説掲載サイト~
Author:水瀬愁

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19.


 赤き異形が液化、結合、再構築して出来たその巨大飛行艇は、数億の人間が犠牲になったと推測される。少なくとも、あの研究所にいた人間の数では全然足りない。
 闇黒の宇宙を推進し、しかし向かう先など無い。存在していることが使命なのだから。
 刻限まであと少しという時に、その場へガラクタが漂ってくる。
 巨大なガラクタだ。焼け焦げた金属の巨塊。
 異形艦には、同族以外を殺戮せよとのシステムが組み込まれている。異形艇は巨塊を敵と認識し、攻撃に向かう。
 その時、閃光が差した。
 巨塊の内から外へ向けて。しかし実体がある。まるで刃のような・・・・・・・・三条の閃光。
「……ビンゴか。いや何、宇宙に目を向けた途端に君たちにビンビン反応したから確信はしていたのだけどね」
 先手を打つように、剣闘士グラディアートル仙童神姫せんどうブリュンヒルデは登場した。
 彼女の一撃の勢いで、いくつかに分けられた巨塊が散らばった。それに伴い、他の二人の少女と一人の男の姿が露になる。
「ふぅ、やれやれ。ガタゴトと揺れるのはちょっと嫌いだな。無事に帰ることができたなら、博士に進言しておかねば」
「ママー。それ、死亡フラグ」
 高威力の破壊効果を秘めた"器筒"を背負い、少女の一人が神姫へ笑いかける。
 神姫はそれに微笑みを返し、四方を囲んできた異形艦へ聖柄の快刀グラディウスと新たな愛剣、魔王の神剣エスパーダを構えた。
 その横に並び立つ、他の守護者達。
 壮麗たる音楽は真空をもろともせず、宇宙にも響き渡る。
 戦闘開始。
 まず、異形艦が大口を開けた。吐き出される汚物たちの名は、九六式撃球げっきゅう。異形の血液中に百式まである細胞成分のうち、五番目に強い。
 神姫は一瞥で敵の数と位置を把握し、応戦への道を導き出す。そして動く。
 まず両手を、力を込めて左右へ伸ばした。二刀の放つ衝撃波は、到達した先にいる敵を総て刻んだ。続いて、伸ばされた二刀で翼を模し、推進。触れた物はたちどころに両断された。前に障害物があれば、神姫は即座に鳥をやめて十字に振るう。屍すら残さない。余剰の力が広がって、敵が少し一掃される。
 神姫が息継ぎをした。ここまでで、敵は攻撃態勢すらとれていない。
 ここから攻撃態勢をとれるかといえば、そうではない。
 妨害があるからだ。
 秘力たる破壊効果が解き放たれた。
 その様はまるで巨獣の滅拳。
 それに威力は劣れども、"箱"も殺戮の命を受けて高速で駆ける。
 それは滅ぶことも負けることも知らない絶対勝利の摂理プロヴィデンスを冠す。
 その速度、攻撃、ともに王権が行き渡る様に似ている。
 複数が補い合って、ここに成立する。雄壮なる王国平和。有象無象、一切合切、粒子ひと欠けらも逃さぬ、皆が個人にひれ伏す。平等に・・・
 だが、反旗を翻そうとする者がいるのだ。決して許されぬが、あってしまうのだ。
「……罪には、罰だ」
 神姫による罰の執行がはじまる。神姫は、赤い何かに埋もれてしまった。
 宇宙に存在するはずのない、赤い花に。


 赤い影の這い回る地面を嫌い、神姫は朱色の空に留まる。巨大樹を真っ直ぐ見つめている。
 巨大樹の幹の一部が変化して、ミストラルに。感情の篭もらない瞳に見つめられ、神姫は思った。
「整った顔つきだが、私が食うにはもっと女の子ぽくないとな」
『来訪せし者よ――』
 ミストラルは上半身だけ、それ以上は具現化しない。未だ巨大樹に取り込まれたままだが、移動はあまりにも迅速だった。幹から根のように伸びたのだ。
 神姫を背後から抱きしめるように、ミストラルが囁く。神姫は身動ぎひとつできない。
『お前は、運命アカシック・レコードの行路から脱落する。恐怖パンドラ祝福ヴァルハラ現世アース地獄ヘル天国ヘヴンも、何人も、この運命をはずすことは叶わぬ』
「矛盾だ――運命の上であることが運命。それに、だ。たとえ誰からも恩恵をもらえずとも、私が私を存立させるとも」
 地面から、巨大樹の根が飛び出した。槍のような打突で神姫を射抜かんとする。
 たかが三、神姫は最小の動きで躱した。続く十四第二波、大きく動いて避けるだけでは余り、そいつは双剣で切り裂いた。畏怖すべき二百四十第三波に対しては、神姫は快刀に秘められしもろは巨人の宝剣ギガス・グラムを開放し、それを大車輪に振るうことで薙ぎ払う。
 向かってこない千百二十五によって形成される、巣。神姫という雛を餌として捧ぐ場。神姫の抗いへの対策か、みるみるうちに層が重ねられていく。
「あーん」
 神姫は快刀を自らの喉奥に突きこんだ。
 咽ることもなくずぼずぼと飲み下し、ペロリと唇を舐める。準備は整ったという不敵な眼光で、巣を見据える。
 次の瞬間、花が開いた。
 巣の壁に衝突するのにそれほど時間はかからず、それからも開花は続行される。巣の崩壊する音が響く。耐久度に限界がきたのだろうか。だが、鋭利な花びらが巣に穴を開けることは一向になかった。
 花に一変が起きた。中心から色濃くなっていく。それは、二層目の花びらが進行している証。それが一層目に追いついたとき、鍔迫り合いは終焉を迎えた。
「私を見くびるなよ」
 今度は神姫がミストラルに距離を詰めていた。神姫は、彼の胸板を人差し指で撫で上げる。
 神姫の両手は、得物を何一つ持っていない。
 この時、エスパーダは剣という姿を捨て、この世界に牙を剥いていたのだ。
 そして唐突に、赤い影が黒く塗り潰され、空は夜を迎え、木すらも枯れ果ててしまう。
「怨み深い音楽をもって力を育み、成すは世界規模の災い。まさに"怨災≪おんさい≫"と呼ぶに相応しい。――だが、その野望もここまでだ」
 神姫はミストラルの両肩に手を添え、キス寸前の距離までミストラルに顔を近づける。不敵な笑みを浮かべて独語しはじめる。
「あの娘に訊いたよ、そして薄々だが勘付いてもいた。怨災とは、たった一人なんだと。そう、その一人とは君のことだよ。前に戦ったもののうち、主と呼ばれていたものすらも、君の信者でしかなかったなんて傑作だ。実に傑作だよ。誇っていいと思うよ。天使及び私は、君の存在をまったく認知していなかったのだからね。
 だが今ならわかる。君の野望は、この世界の性質・・、つまり音力に対して慣性状態・・・・・・・・・となるこの世界の地形・・・・・・・・・・及び建造物・・・・・を要塞や防具の材料として用いること、そしてもう一つは、私たちが変身しなければ戦えないことにも繋がるが」
 上機嫌だ、とても。
音は音にしか見えない・・・・・・・・・・会話できない・・・・・・傷つけられないという・・・・・・・・・・法則を・・・この世界のエネルギー・・・・・・・・・・は破る・・・。だから君は、この世界のエネルギーを根こそぎ吸収してしまおうと考えているね? この世界のエネルギーはあまりにも弱小だが、地球の営力だけでなく核などの技術品からもかき集めれば、相当の増強が可能だろう。――私も知らなかったよ、これは。天使が話してくれるまではね。当初は、人間では非力だからあのフリフリ姿で音集めをさせられていた、と思い込んでしまっていた」
 そして語りすぎた挙句、不機嫌になった。
 神姫が指を鳴らすのに応じて、黒が木に集中し、ミストラルを羽交い絞めにするように一人の女が出来上がった。
 チョコの姿ではない黒の女。
『黄泉』
 ミストラルはその黒の存在を知っている。
「……私が神姫の運命をはずす刃となりましょう。恐怖からは、完全に遮る盾となってみせましょう」
「では手始めに、こいつを殺せ。これで、残りの敵はほんとうに残党となる」
 黒の女がミストラルを力の限り抱きしめる。
 だがミストラルは、木から己の体を脱出させた。どこからか湧いて出た布にパサッと身をくるんでから、木を振り返る。脚があった。
 黒の女は、木の幹に両手を添え、自らを木から引きずり出す。瞬時に脚を構成し、手にあるものをミストラルへひけらかす。
 "騎士の牝馬ナイトメーア"
「あまいあまいフレグランスを嗅ぐように――」
 変身コマンドとは少し違う。拡張された機能、音である彼女の専用のコマンド、それは強化クラスチェンジ
 彼女の背中から蝙蝠の羽がバサッと広がり、舞い散る羽根にまぎれて彼女が装飾されていく。
 闇の吐息をひとつ。満足げである。締めというように、瞳が紫色に強く強く輝き始める。
 黄泉は魔女メハシェファとなった。
「私の音に――溺れなさい」
 虚空よりセファーを一冊だけ取り出し、片手にもった。


 黒い影が巻き上げられて、世界が失われていく。その中に一筋の光が差したが、それすらも黒く塗り潰された。


 異形艦が撃沈する騒音が響く。これで二度目だ。一度目の破壊者は"器筒"の少女、二度目の破壊者は"箱"の男。
 残る一人は、初めの位置から一歩たりとも動こうとしない。
 "器筒"の少女が、働けと目で合図しても。
「……わたし、今回は切り札だから」
「……あ、っそ」
 "器筒"の少女は、鬱憤を晴らすように得物をぶんぶんと振り回した。
 唐突にトリガーに指をかける。
 駆け抜ける極太ビームは、砲身が振り回されているものだから"斬る"行為を行った。
 八方にある総てに向けて。もちろん仲間も。
「……泣くよ?」
 だが、無傷で居る。"器筒"の少女の鬱憤は頂点に達した。歯を食い縛って敵意を露にする。
 それに対し、本気で目に涙を溜め出したが、
「泣くなよ。君は笑っている方が可愛い」
 神姫が制したので、総てが治まった。
 先ほどまでの鬱憤はどこへやら、ママぁーと神姫に抱きつく"器筒"の少女。
 よしよしと撫でる手と反対の方には、エスパーダが握られている。
「ゴンザレスはどこにいったのかな。異形艦の殲滅にはあまり向かない攻撃タイプをしているけど、サボったなんて在り得ないよね?」
「何その絶対的信頼」
「てんしによばれたの。敵、四匹」
 神姫は母なる惑星に目を向けた。しくじった、と舌打ちを漏らした。
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