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Author:水瀬愁
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「ふみゃあ……」
朝。慎司は神姫とのことを夢でまで再生してしまって、起きた途端に悶絶した。
夢の内容は昨日今日のことでは、無い。あれからすでに一週間が流れた。
「やあ、今日は早起きさんだね」
慎司の部屋へ、女子がノックも無しに入って来た。
彼女は、やたらと胸の豊かな女子だった。身長は180cmほどで痩身でありながらくびれたウエスト、そして綺麗な丸みを帯びている腰まわりが、その全体像を妖艶なものとしていた。可愛い顔立ちと声、幼く陽気な雰囲気や、無防備な距離感などの親しげで解放的な笑顔と仕草が、彼女が天性的に有する魅了の術の数々を自ら相殺していた。
まあ、最近のご時世ではこのような無邪気さがそそるともいう。
慎司に注視されて、神姫は嬉しげに微笑む。そしてベッドに近寄ると、ぴょんと効果音のつきそうな跳躍で慎司に覆い被さった。
「え、な、何ですか? も、もしかして アレですか!? でも今日はちゃんと起きてたんですよ!?」
仰向けの彼の上で、四つん這い。キスするのか、否そうではない。
神姫は両手両脚をずるずる動かして後退する。彼女の顔が慎司の胸板を通過し、太ももで止まる。
「ちゃんと起きてしまった、と思ってたんだよね。リビングからでも聞こえるくらいにどたばたしてたもんね。 欲しいんだよね。昨日までは嫌だ嫌だと言ってたのに、凄い進展だ。凄く嬉しいよ。そりゃ、思春期の男の体は正直だから、私はそれだけで幸せなんだけど。やっぱり、愛があるというのはいいね」
慎司を艶やかな上目遣いで見上げ、神姫は彼のズボンに手をかけた。
「今日はそのお礼。よろしくね、これからも 欲望のままに毎日 しっぽりと――ね?」
「最近、慎司が構ってくれないの。大ショック~。これも、毎日しっぽり楽しんでるせいよね。つまりつまり、私に飽きちゃったってこと? 若熟女の豊かな肉感よりも、若い世代のきめ細かでピチピチな肌の方がいいってこと!? お肉よりも、だしが効いてるほうがいいの、ねえったらねえ!」
「皆、朝からぇろぇろモード全開すぎだよ!」
リビングに下りると、母が慎司へ訴えかけた。
対し神姫が、静かに反論する。
「どちらかといえば、私もお肉かと」
話がこじれるから止めい。
○ ○ ○
昼休み。
「……あれ、慎司さんは今日はパンですか?」
売店へと向かう途中の廊下で、美希はそっと慎司の隣に身を寄せてくる。
「いや、弁当食べたんだけど……物足りなくて。 神姫に嫉妬した母さんが、弁当内の割合を変えちゃってさ」
「あ、そうですよね。もう遅い時間ですし」
委員の集まりで、優と美希は慎司と食事を共にしなかった。ただ、昼食を買いに来るような時間で無いのは確かだ。
「美希ちゃんはどうしたの?」
「私はちょっと文房具を買いに……。それで慎司さんに会えるなんて、凄い偶然ですね」
「確かに」
美希が息がかかるほどに身を寄せてくる。
慎司は苦笑する。
美希ちゃんは感情的になると、密着度がドンと跳ね上がる。前に一度、両手をぶんぶん振られまくったことがあった。とは言っても彩乃とは違って健全であるのが、なんとも微笑ましい。
「 神姫とは上手くいっていますか?」
「うん。バッチシ良好。いろいろと波乱万丈だけどね、まあそれは元々な気もするし」
「神姫関連のことで、少し引きずってるようです。四条のことも、少し気にかけてあげてください」
「にゃあ?」
予想外な申告に、慎司はすっとんきょんな声をあげてしまう。
はて、神姫と雪人の間に何かいざこざがあっただろうか。
「四条は今、格技場にいます」
「じゃあ行ってくる」
「いえ……パンを買ってからでも、遅くはありません」
「あっ……」
回し蹴りの練習だろうか、軸にする足を高速で入れ替えながらブンブンと大気を震わせている。
少し躊躇った後、慎司は雪人に声をかけた。
「……ああ。お前か」
雪人はただならぬ風格漂わせているのだが、慎司に怖がる様子は微塵も無い。
「ちゃんと昼食食べたの?」
「忘れていた。だが、大丈夫だろう」
「駄目だよ、ちゃんと休まなきゃ」
慎司は雪人の胸に飛び込んだ。
雪人はそれを咄嗟に抱え、目を丸くして慎司の顔を覗きこむ。
「雪人の身体から、悲鳴が聞こえる」
「……すまない。だから、そんな目をしないでくれ」
なだめるように、雪人は慎司の髪を優しく撫でた。
慎司は雪人をトロンとした目で見上げ「もう、子供扱いしないでにゃあ」などと呟いてはにかんだ。
可愛い。
そう思って雪人は、優しい目をして、慎司の視線を受け止める。
「特訓してるとこ、久々に見たよ。なんで?」
「少し前に、もう一つ久々な事があってね。……無力感というものを、十数年ぶりに体験した。いや、前の事を含めるともっと昔になるか」
「 神姫のこと?」
「ああ。だが、心配しなくていい」
強く、結び合う四つの瞳。
「ほんとうに。君の愛するヒトを、疎ましく思いはしない。君を愛するヒトを妬む暇はない。そんな暇があったら――」
雪人の手が、慎司の後頭部を優しく掴む。
そして、慎司に非常に近い距離で雪人は囁く。
愛してる、と。
「一度でも多くアプローチして、君を俺だけの物にするさ」
○ ○ ○
三波慎司、 姫乃彩乃、 夜夜優、 風祭美希、 四条雪人。
以上の四名が談笑する中、その校内放送は唐突に鳴り響く。
「にゃあ、呼ばれた」
慎司が驚いた。他三名は、驚きを通り越して殺意すら抱いていた。
代表して、優がぽつりと呟く。
「全焼するしかない」
「絶対に駄目だよ」
それが真剣な顔だったので、慎司は戦慄きながら全力で拒絶した。
「ポテト旨すぎる。炭水化物のカイザーだろコレ……」
「何の用なのかな、 神姫」
生徒会室に入ると、まず一番にマクドでテイクアウトした品々がテーブルいっぱいに広げられているのが見えた。慎司は無視することにした。 仙童神姫へ目を向けた。なんとなく、彼女に呼び出された気がした。慎司のその予感は見事的中していた。
「クラスが別というのは、重大な事態だ。対策を練ろうと思う」
確かに、慎司と友好関係がある学生で神姫は唯一のアンチクラスメイト。上級生なのだから仕方ないし、まず対策できるはずもない。
「ということで私は、整形手術をうけプロフィールを偽装し、同級生としてここに編入しようと考えたのだがどうかな?」
慎司は、返す言葉がみつからなかった。当然反対するが、口論で負けるのは目に見えているから。とりあえず、助けを求めて「にゃー」と鳴いてみた。
すると目の前の美女が、悪戯悪魔のような笑みを浮かべて応えた。
にゃあ。
「暑中見舞い申し上げます♪」
家に帰ると、慎司は自分の机に紙切れが置いてあることに気づいた。
写真だった。なぜか猫コスプレした慎司の母が、胸の谷間を見せつける魅惑的なポーズをしている。
補足するが、その母は写真ではなく実体だ。写真はもっと健全なものだった。
「……どうしたのさ。まだ夏休みにも入ってないよ」
「や、だから練習よ練習。もとい、慎司に久しぶりにハァハァしてほしいなっていう肉欲の暴走」
「僕、家から離れるからさ。お父さんとらぶらぶすればいいよ」
慎司は譲歩した。自分が 制限になっているのなら少しくらいは気を使ってもいい、と考えたのだ。
対し、
「何言ってるのよ、ムスコが好きなのよ♪」
「下ネタすぎるにゃあ!」
その夜、美猫が蜘蛛のように獲物を絡め取る騒音がしばらく響いた。少しして、音はほとんど無くなった。耳を澄ませば聞こえる程度まで。
逆にぇろい。
○ ○ ○
「満腹になった。でもまだまだたくさんあるから、みんなにも食べて欲しい」
生徒会室に五人がいた。 三波慎司、 姫乃彩乃、 夜夜優、 風祭美希、 四条雪人、 仙童神姫の五人である。
神姫は、テーブル一杯に広げられているマクドのテイクアウト品の数々を指差して他四人に言った。次の瞬間、慎司があまりに激しいリアクションをしてのたうちまわったのだが誰にも読み取れなかった。
前回と関係性があるのかについては不問とする。
「はーい、神姫ちゃん」
「何かね彩乃」
彩乃が挙手し、神姫が許した。
二人が名前で呼び合う仲であることに、慎司は少しばかり驚きを得た。
「整形できるところなんてない。君は最高に美しいよ」
「口説くのは何か違う。というかそれも前回の話だよ」
天然ではなく、意図してボケたようだ。彩乃はてへっと舌を出して一歩下がった。
神姫はうんと頷く。そして両手を広げ、にっこりと笑った。
「ルールは簡単だ。制限時間内に多く食べることができた者が勝利となる。最下位の者には罰ゲームが待っているよ」
「なんでミニゲーム始まるの」
普段の慎司はもっとポケポケしているのだが、神姫や彩乃の前ではツッコミに回らざるを得ないようだ。
だが、予想外なところから慎司を阻む声があがった。優である。
「何も臆する事はない――」
優は、余裕げに神姫へ微笑みかけた。勝利を確信した笑みだった。その根拠は一体どこにあるのか。
「四対一だ。負ける要素が一つも見つからない」
「当然、バトルロワイヤルだが」
神姫が初めてツッコミに回った。
優は目を見開いて硬直している。慎司は思った、君は天然だったんだねと。
その慎司の視線に、優は気づいた。見つめ合う二人。ゆるり、ゆるりと、慎司はまれに見るほどにっこりとした笑みを浮かべた。普段から無垢や純真という言葉が似合う素晴らしい笑顔や仕草だが、今はすべてを受け入れる天使か聖女かと見紛うばかりの美しい微笑であった。
そして、優は顔を伏せた。必死に言い訳を考えていたのに、慎司と目を合わせた事で安心感を得てしまったのだ。いいんじゃねーのという考えに至ってしまったということはつまり、少なからず認めてしまったことになる。いや、過去にもそう思うことがあったがその時は上手い言い訳をできたのでついでに自分を騙しもした、そうして故意に目を背けてきた真実に今、不意に直面してしまった。
自分はやっぱり天然ボケなのか、優はあからさまに悲壮感を醸し出して天井を見上げた。天井を見上げた後、懐からメガネを取り出すとそれを慎司にソッとかけてダッシュした。
彼の心の中の夕日に向かって走り出した。ちょっとだけ涙を流しながら明日に向かって走り出した。
気がつけば、 遭難していた。
「そうなんです」
ナレーションへ向かってヒャドをぶっ放すと、優は腕組みをして周りを見渡した。
木しかなかった。補足するなら、草や葉っぱや幹しかない。茶色と緑で彩られたスケッチブック、タイトルは『森』
視線を斜め上へ向け、再び周囲を索敵する。校舎は大きめなのだが、この木々はそれより高いらしい。
「なら登ればいいか」
優は適等な木に狙いを定め、歩き出した。
1st Stage
『根元』
ピッ。
『 水ラムが現れた』
ピッ。
『優はどうする? 戦う
防御
逃亡 』
「……どうするかな」
サッサと木に登れよ、というような外野の罵声を受けたかのように、優は突然ハッと我に返って立ち上がる。
その拍子に手から零れ落ちたのは、型の古い携帯ゲーム機。なぜ落ちているのかは不明である。
「クソッ、もう日が暮れちまってる」
優は木の上を見つめた。葉の間隙から夕暮れの光が漏れていた。優は先を急ぐ事にした。
2nd Stage
『幹 中腹部』
「ほう。アリんこ軍国からのスパイではないと申すか?」
「そうでございます、ヘラクレス陛下」
優は深くお辞儀をした。その相手はなんとデカいカブトムシだった。異常だ。だが優は適応していた、とりあえず天の使いかそれ的な勇者という立場を確保することに尽力した。そして、今まさに成功せんというところだ。
「ですが、私はそやつらの本拠地を知っています。早速ですが用件を言わせていただきます、私の情報を買ってはいただけませんか? そちらには、とても好都合でしょう。臣下の方々はどうお思いですか?」
互いにニヤリと微笑みあう最中、砲撃が轟いた。
大気が蠢く。
敵襲、とその場にいる誰もが覚った。
「貴様の媚びも、無駄になったようだな」
「そのようですね。手を打っておいて良かったです」
優の周りで、爆発が起きた。砂煙が立ち込める中で、声が響く。
助けに参りました勇者様、と。
「おのれ、やはりアリんこ軍国のスパイだったか……ッ」
戦がはじまる。だが精鋭のいないこの場は、最も早く済んでしまいそうである。
呪怨の声を浴びて、優は嘲笑する。
「そう、俺はキリギリスだったのさ」
慎司たちがこの場に居合わせれば、ああまた天然炸裂かと思ったことだろう。
そうして反カブト無視王国は滅び、真聖勇者様帝国が誕生する。歓喜に飲まれる最中、コツンと大きな音を響かせてこの場から去る者がいても誰も気づかない。
更なる高みへ、勇者は駆け上がる。
3rd Stage
『天空』
上り詰めた。
その先にソレはいた。
「よくぞここまで来た……少し余興はどうだ。私は興味がある、高みに上り詰めようともがく者どもはどんな気持ちでいるのかと。頂点に君臨する私は、な」
美貌をもつ男が、マントを翻した。
「関係ない。俺は、お前の立ち止まる此処から更に上へ進むだけだ。立ちはだかるならお前でも倒す、最強かどうかなんて関係ない」
勇者と呼ぶには冷徹過ぎ、魔王と呼ぶには優しすぎる眼光をその男へ。優は立ち止まらない。進む、何の躊躇もなく。
「おもしろい事を言う。ここが頂点だ。貴様が目指してきた究極は、此処にある」
「へぇ。やっと辿り着いたわけか」
「分かったなら、早く気張るがいい」
次の瞬間、目に見えるほどの覇気が集う。所謂、 充填であった。嵐の前の静けさを呼び込むほど超常的であるが、確かにこれは予備動作であった。
「遺言を心に想うのも忘れるな。お前は此処から、再び戻ることになる。屍で、生まれた時にいた最底辺まで還ることになる」
そうして開放に至る、巨槌に酷似した破砕形式の破壊効果。それは闇を僕として、<ruby>夜闇が空にそっと掛かる様<rt>神業</rt></ruby>を模倣する。
その圧巻たる風景が 落ちてくる最中、ちょうど見つけた。
優の眼に、少しだけ歓喜の色が滲んだ。
決断は早かった。たまらなくなってお菓子の元へ駆け出す子供のように、優は目標のものだけ見て一目散に走り出した。
それもほんの少しの間。なぜなら優の目標とする物は、遥か 下にあったから。
「恐れを為して逃げ帰るか! それも良かろう! だが生きてさえいれば、まだまだ続くぞ。微々たる幸福も、大いなる絶望も――」
目も開けられぬほどの風の中にいる優に、背後の高笑いは遠すぎて聞こえなかった。
「おかえり」
優の姿を見ての一声は、相当待ち望んだのか、とても甘ったるい声色だった。
飛び込んできたところをポスッと受け止めただけでは足らず、優は慎司の髪に頬を当てる。
「待っててくれたのか」
「うん。だって、いっしょに食べたかったんだもん」
机にお取り置きされている、優と慎司の分。
優は目を細めた。あまりの嬉しさにどんな顔をすればいいかわからないのだ。服越しに感じる慎司の腰がちょっと細くなったように錯覚し、優は確かめるように手をわさわさと動かす。
「なんで一人なんだ」
「だって、授業中だよ? あ、僕も優も三時限くらいサボリになっちゃってるであります」
慎司はてへっと舌を出す。
「不良だな。なんで待ったんだよ」
「だーかーらー、いっしょに食べたかったんだもんもんーっ! それに、優といっしょなら不良も悪くない、かな」
次の瞬間――、
優の中でドス黒い何かがむくりと首を擡げた。
スイッチが切り替わるかのようだった。 僕(・)と|俺の他にもう一つある、という事実は存在しないが凄まじい衝動が体を支配した。
顔が酷く歪んでしまうのを抑えられない。ククッと笑いたくてたまらない。
「……反省しないなんて、慎司は悪い子だな」
"衝動"を抑えきれずに漏らした言葉は、優しいような冷たいような、表現のしようのない声色だった。
慎司がキョトンとするのに気を留めない。そして優の手が、撫でるように抉るように握り潰すように愛でるように、慎司の体をまさぐる。
数度ビクンッビクンッと硬直を繰り返す慎司だが、そんなことで優は止まらない。唐突に、ピタリと手を止めたかと思うと、それは終了ではなく"確認"だった。
優の目が、胸に抱いている慎司をジッと見下ろす。
慎司は荒い息をしていた。だが苦しそうではなかった。
意味することは一つ。
まだ息が整っていないというのに、慎司は優へ必死に話しかけようとする。
優はそれを眺めているだけだ。慎司の乞うような目に、優は視線を合わせるだけ。
――この時、優は気づいた。
この衝動を何と現せばいいのか。 僕(・)と|俺の他にもう一つあるこれは、何と言うのか。
「……僕、男の子だよぉ…………」
そしてそれは、慎司の囀りを以て完全にオンとなる。
「悪い子は、 俺様が調教してやるよ」
口を三日月に歪め、優は囁く。触れられたわけではないのに、慎司の体がビクンと飛び上がった。
恐怖の美貌をもつ狼が全力で子犬を怖がらせる、そんな恋愛事情。
「罰ゲームだ」
夜。シャワーから上がってきたばかりのバスローブ姿の慎司はわけがわからず「にゃあ」と鳴いた。
その前には仙童神姫、彩乃、美希が並んでいる。
三人の服装は、外出用と呼ぶにはなんだか雰囲気が違う。室内用にゆったりしているのだろうか。
神姫と彩乃に両腕に抱きつかれた慎司は、美希とにぱっと笑い合う。
なんなのにゃあ。
慎司は問いかけ――ることができなかった。
美希の方が速かった。彼女は慎司の胸板をぽーんと押したのだ。
慎司ごと神姫と彩乃の二人も弾き飛ばされた。違った、タイミングを合わせて神姫と彩乃が跳んだのだ。
そして慎司は浴場へ逆戻り。ざぼーんという大きな水音が響く、その後の音を塗り潰すように。
コメント:序盤を書きたかっただけ。いちおう頑張ったはずなのに、konozamaという。レベルがまだまだ足りない。これを楽しめた人がいたなら、その方は勇者。崇めさせてほしい。と、コメントを誘うみなせっせトラップを仕掛けてみる。ここまで自分でけなす作品をなぜ投稿するのかというと、ええと、うん、さあ次いってみよー!
○ ○ ○
猛暑も近いというのに、妙に涼しい目覚めだった。
慎司は思う。ひんやり気持ち良い、ってか冷たい、ってか寒みぃぃぃぃぃッ!
覚醒からぼおっと天井を見つめていた慎司だったが、感覚も普段どおりになった途端すごい勢いで直立した。
勢い余って頭から床に落ちた。違った。ワンカートに詰め込んだような量の保冷剤に、慎司は頭を沈めた。
「フリーザッ!」
声が妙に高音だったのは、驚愕のためか。というかどんな悲鳴だ、反射的なものとは到底思えない。
素晴らしい精神力のおかげで再三の事態にはならなかった。慎司は、安全地帯から状況把握を行う。
今慎司が立つのは、先ほどまで慎司が寝そべっていた所だ。その周囲にトラップは散りばめられていた。
いや、もっとひどい。部屋全体にまで陳列されている。行き届いている。足の踏み場がない。というか新たな地形が創造されている。それほど山積みされている箇所もあるということだ。
冷凍庫で寝たんだっけ、と慎司は考えてしまった。常温の場所でこんなものを保管するはずがないから、販売元だともしかしたらそんなこともあるかもしれない。だがそれだと起きることができずに凍死するはずなので、慎司はこの場所を自室だと思い込むことにした。
慎司は、ドアらしき物(三分の一しか見えない)がある方へ向いた。床上浸水、という言葉を思い浮かべたが振り払った。リアクションはとりすぎても全然足りないが、今は一刻を争う。残念ながら凍死の可能性は存続していた。白い息を吐きながら、この部屋から脱出することを考え、慎司は行動を起こした。
「おーい!」
SOSしてみた。
返答があった。
「にょろーん」
慎司は硬直した。そのまま芯まで凍り付いてしまいそうだったので、慌ててストレッチを行う。
しばらくすると、体が温まってきた。だが返答の主がこっちへ来ない。仕方ないので、第二の手段に出る。
慎司はしゃがみ込んだ。そしてドアへの進路にある障害物を、丁重に脇へ避けていく。
モグラのように土を掘り進めていく単調作業なわけだ。
だがその考えは甘かった。慎司が手を付けるのは、雪のようなものなのだ。直ぐに慎司の手が真っ赤になってしまう。赤は灼熱を思わせる色だが、慎司の体温はちっとも上がらない。
すると突然、慎司がだらんと両腕を脱力させた。顔は苦渋に満ちている。ふと、叫び出す。
「こんな、こんなところで諦めるつもりなのか! 一緒に前に進むんだろ!?」
『……でも、もう無理だよ。俺はもう、無理なんだ』
慎司が左腕と会話しはじめた。
完璧な腹話術だった。慎司がいつそんなスキルを磨き上げたのかは定かでない、死の危険が身近なために何らかの覚醒を起こしたのかもしれないがバッドエンドを盛り上げるだけなんて悲しすぎる。
{そうだよ、俺たちはもうここで終わるんだ。……へへっ、今思えば短い付き合いだったな}
右腕、参戦。
「何言ってんだよ、馬鹿言うなよ! てめえらはくだらねぇよ!」
『ハッ、おまえこそ図々しいぞ。痛い目見てるのは俺たちなんだぜ、おまえは痛くも痒くも無ぇ。おまえに俺たちの何が分かるって言うんだ』
「ハラマキ! なんて事を言うんだ!」
随分個性的なネーミングだったが、ツッコむ者がいないので淡々と話は進む。
{おいおい、無理言うなよ。命令しかしないこいつに、俺たちの苦しみが分かるはずも無いってんだ}
「メンボウ……」
歯を食い縛る慎司。悔しかった。ここで死んでしまうことより、何よりも運命共同体の友に信じてもらえていないことが。死んでも死に切れなかった。この齟齬で彼らをずっと苦しめ続けてきていたのなら、今ここで清算したい。しなければならないと慎司は思った。
慎司は決断した。前をキッと睨む。
{おまえ、まさか――}
友の声を聞き終えぬ間に、慎司は走り出した。
両腕を庇って胴を大きく反らし、ぶつかる。慎司は跳ね飛ばされてしまったが、たしかに効果はあった。といっても全体的に微々たるものなのだが。
だが気持ちは溢れるほどに込められていた。他人の心を、揺り動かす程に。
「決めたんだ、生きるって! ハラマキも、メンボウも、死なせない! 絶対に死なせない!」
慎司は、打ちひしがれる友の吐息を聞いたような気がした。
少しの間が空いて、友は慎司へ優しく語りかけた。
『人が話している途中なんだぞ。おまえはなんて自己中心的なんだ。』
「問題はそこかよ。っていうか、人じゃないだろ」
……。
……。
……。
<別パターン>
両腕を庇って胴を大きく反らし、ぶつかる。慎司は跳ね飛ばされてしまったが、たしかに効果はあった。といっても全体的に微々たるものなのだが。
だが気持ちは溢れるほどに込められていた。他人の心を、揺り動かす程に。
「決めたんだ、生きるって! ハラマキも、メンボウも、死なせない! 絶対に死なせない!」
慎司は、打ちひしがれる友の声を聞いたような気がした。
少しの間が空いて、友は慎司へ優しく語りかけた。
【メッチャ痛いんだけど。ってかなんで俺? 無関係じゃね? マジで何考えてんの? ってか慰謝料よこせ】
胴、襲来。
沈黙が流れる。
「……」
『……』
{……}
「ごめん」
『ごめん』
{スマソ}
コメント:なんか慎司のキャラが変わったけど、寒さで精神イカれたからってことにしといて( ・ω・) あとDBとは関係ない。フリーズのer型、みたいな。
○ ○ ○
前回の続き
とまあそんなこんなでお昼になり(>ええー?)
場面は移ってパチンコ店。優(レスメガネアンド鬼畜モード)が黙々と目の前の台にのめり込んでいる。
年齢制限とか大丈夫だったのだろうか。
優の集中が霧散した。きっかけは、隣人の舌打ちだった。優はそちらに目を向けて、すぐに察した。
なんとなく、優は救いの手を差し伸べた。隣人はびっくりしたあと、はにかんで受け取った。たった一粒の、ほんの小さな優しい話である。
すぐ後だった、そちらから天国のBGMが響きだしたのは。
優は目を見張った。すると隣人と目が合った。数秒して、お互いにはにかみ合った。
そう、バトルスタートの合図である。
その結果、玉がいっぱい詰め込まれた箱を身の丈になるまで積み重ねて優はパチンコ店から出た。店内から泣き声が聞こえるが優は完全無視した。
玉だけこんなにあっても億万長者にはなれない。別の店で換金というのは可能なのだろうか。とにもかくにも、優は世界旅行に行こうと夢に浸る。
1st Stage
『街角』
これからどうしようか、とスクワットでこの喜びを表現しつつ考えていた優の前に、立ちはだかる者がいた。
「何してるんだ……?」
「見て分からないか」
雪人の問いに、優は至極当然のように言ってのけた。雪人は手鏡を持ち歩こうと心に決めた、だがこんなハプニングは普段は起こらない。というか普段から起こったら困る。世界は謎だらけというが、表現がわからないという意味では優のこれもその一つかもしれない。だがそんなのは嫌だ。
「ところで、付近で未成年者お断りの娯楽に入り浸っている学生がいるらしい。ところで、その箱の中身は何だ?」
「留年しまくった二十歳越えの学生じゃねーの。それか制服フェチのパチスラーだろ。あんたみたいな生徒会の中でも屈指の優等生が直々に探す必要もない、散った散った」
「そうだといいが念のためだ。ここで会ったのも何かの縁だろう、おまえも手伝え。で、その箱の中身は?」
雪人の誘いに、優は首を振った。
「ごめん、俺は『ここで会ったが百年目』派だから。後、今日は良心が痛む日だから帰るわ」
流派とかあるのだろうか。微妙に自白している節もあるが、雪人の意識は優の抱える箱だけに向いていた。前世が金の亡者だったとかそんなスペシャルスキルが何かしているわけではなく、勘が働いているのだろう。
「没収する」
雪人は手のひらを見せた。優は絶望した、「おっ、恋愛運がいいよキミ」と手相占いのネタをかましたり「み、見逃してくだせぇ……四条二等兵」と琴線に触れるボケをかましたりしようと考えたが現状を打破できないのでそれは断念した。
「だめだ。これは俺様の命なんだ。メガンテ(自滅呪文)してでも渡さん」
それでは結局命が無くなってしまうぞ、優よ。
「いや、渡してもらう。生徒会の予算が足りないのでな、丁度良い」
「横領かよ。もっと渡したくなくなったぞ……あっ」
優は自白したも同然。
その直後から、雪人は容赦しなくなった。
優は一目散に逃げ出す。全力疾駆で逃亡を図る。悔しかった。やるせなかった。男に追われるなんてなんて花のない時間なんだ、そう思って優は携帯を取り出した。番号をプッシュした。繋がった。
『もしもs』
「あ、仙童総隊長? 俺、優なんだけど。今からちょっと慎司を拉致って二人だけの愛の逃避行してくるから、邪魔するなら直ぐ来てね」
ブチッ。優は言いたい事だけ述べて携帯を閉じ、懐に戻した。嘘を駆使してまで鬼を増やすなどあまりにも愚かしいが、どんなデメリットがあろうともこのむさくるしい状況を打破できるならかまわないと優は考えていた。要はスケベなのであった。
その時には――もうはじまっていた。
空を黒が覆う。黒は軍勢ではなく一個、絶望のドデカモノリス、厖大な鉄の夜空である。
優は、神姫が嘲笑うのを聞いた気がした。
次の瞬間、流星群が降り注いだ――。
ハイテク万能☆強靭無敵☆最新最凶☆<ruby>水陸宙両用超無敵亜光速飛行大戦艦<rt>ウルトラスーパーな</rt></ruby>『 魔弾艇』が昨日、某所に出向いて数十時間に及ぶ絨毯爆撃を執り行った。このことについて所有主は「蚊がいたから」と証言している。実際に、この行為がされた後に蚊などの微生物は一匹も残らなかった。
コメント:蚊とともに大きな建築物などもいっしょに殲☆滅されたわけですね。ファーストステージまでしかいけないなんてどんだけエクストラモード。ところで私はイージーモードで縛りプレイするのが好き( ・ω・) あとDQは関係ない。だってあっちは爆撃じゃなくて魔法だし。ごめん嘘吐いた、名前は無断拝借した。ギャグ物だし、弱小サイトだし、良いかななんて。
朝。慎司は神姫とのことを夢でまで再生してしまって、起きた途端に悶絶した。
夢の内容は昨日今日のことでは、無い。あれからすでに一週間が流れた。
「やあ、今日は早起きさんだね」
慎司の部屋へ、女子がノックも無しに入って来た。
彼女は、やたらと胸の豊かな女子だった。身長は180cmほどで痩身でありながらくびれたウエスト、そして綺麗な丸みを帯びている腰まわりが、その全体像を妖艶なものとしていた。可愛い顔立ちと声、幼く陽気な雰囲気や、無防備な距離感などの親しげで解放的な笑顔と仕草が、彼女が天性的に有する魅了の術の数々を自ら相殺していた。
まあ、最近のご時世ではこのような無邪気さがそそるともいう。
慎司に注視されて、神姫は嬉しげに微笑む。そしてベッドに近寄ると、ぴょんと効果音のつきそうな跳躍で慎司に覆い被さった。
「え、な、何ですか? も、もしかして
仰向けの彼の上で、四つん這い。キスするのか、否そうではない。
神姫は両手両脚をずるずる動かして後退する。彼女の顔が慎司の胸板を通過し、太ももで止まる。
「ちゃんと起きてしまった、と思ってたんだよね。リビングからでも聞こえるくらいにどたばたしてたもんね。
慎司を艶やかな上目遣いで見上げ、神姫は彼のズボンに手をかけた。
「今日はそのお礼。よろしくね、これからも
「最近、慎司が構ってくれないの。大ショック~。これも、毎日しっぽり楽しんでるせいよね。つまりつまり、私に飽きちゃったってこと? 若熟女の豊かな肉感よりも、若い世代のきめ細かでピチピチな肌の方がいいってこと!? お肉よりも、だしが効いてるほうがいいの、ねえったらねえ!」
「皆、朝からぇろぇろモード全開すぎだよ!」
リビングに下りると、母が慎司へ訴えかけた。
対し神姫が、静かに反論する。
「どちらかといえば、私もお肉かと」
話がこじれるから止めい。
○ ○ ○
昼休み。
「……あれ、慎司さんは今日はパンですか?」
売店へと向かう途中の廊下で、美希はそっと慎司の隣に身を寄せてくる。
「いや、弁当食べたんだけど……物足りなくて。
「あ、そうですよね。もう遅い時間ですし」
委員の集まりで、優と美希は慎司と食事を共にしなかった。ただ、昼食を買いに来るような時間で無いのは確かだ。
「美希ちゃんはどうしたの?」
「私はちょっと文房具を買いに……。それで慎司さんに会えるなんて、凄い偶然ですね」
「確かに」
美希が息がかかるほどに身を寄せてくる。
慎司は苦笑する。
美希ちゃんは感情的になると、密着度がドンと跳ね上がる。前に一度、両手をぶんぶん振られまくったことがあった。とは言っても彩乃とは違って健全であるのが、なんとも微笑ましい。
「
「うん。バッチシ良好。いろいろと波乱万丈だけどね、まあそれは元々な気もするし」
「神姫関連のことで、少し引きずってるようです。四条のことも、少し気にかけてあげてください」
「にゃあ?」
予想外な申告に、慎司はすっとんきょんな声をあげてしまう。
はて、神姫と雪人の間に何かいざこざがあっただろうか。
「四条は今、格技場にいます」
「じゃあ行ってくる」
「いえ……パンを買ってからでも、遅くはありません」
「あっ……」
回し蹴りの練習だろうか、軸にする足を高速で入れ替えながらブンブンと大気を震わせている。
少し躊躇った後、慎司は雪人に声をかけた。
「……ああ。お前か」
雪人はただならぬ風格漂わせているのだが、慎司に怖がる様子は微塵も無い。
「ちゃんと昼食食べたの?」
「忘れていた。だが、大丈夫だろう」
「駄目だよ、ちゃんと休まなきゃ」
慎司は雪人の胸に飛び込んだ。
雪人はそれを咄嗟に抱え、目を丸くして慎司の顔を覗きこむ。
「雪人の身体から、悲鳴が聞こえる」
「……すまない。だから、そんな目をしないでくれ」
なだめるように、雪人は慎司の髪を優しく撫でた。
慎司は雪人をトロンとした目で見上げ「もう、子供扱いしないでにゃあ」などと呟いてはにかんだ。
可愛い。
そう思って雪人は、優しい目をして、慎司の視線を受け止める。
「特訓してるとこ、久々に見たよ。なんで?」
「少し前に、もう一つ久々な事があってね。……無力感というものを、十数年ぶりに体験した。いや、前の事を含めるともっと昔になるか」
「
「ああ。だが、心配しなくていい」
強く、結び合う四つの瞳。
「ほんとうに。君の愛するヒトを、疎ましく思いはしない。君を愛するヒトを妬む暇はない。そんな暇があったら――」
雪人の手が、慎司の後頭部を優しく掴む。
そして、慎司に非常に近い距離で雪人は囁く。
愛してる、と。
「一度でも多くアプローチして、君を俺だけの物にするさ」
○ ○ ○
以上の四名が談笑する中、その校内放送は唐突に鳴り響く。
「にゃあ、呼ばれた」
慎司が驚いた。他三名は、驚きを通り越して殺意すら抱いていた。
代表して、優がぽつりと呟く。
「全焼するしかない」
「絶対に駄目だよ」
それが真剣な顔だったので、慎司は戦慄きながら全力で拒絶した。
「ポテト旨すぎる。炭水化物のカイザーだろコレ……」
「何の用なのかな、
生徒会室に入ると、まず一番にマクドでテイクアウトした品々がテーブルいっぱいに広げられているのが見えた。慎司は無視することにした。
「クラスが別というのは、重大な事態だ。対策を練ろうと思う」
確かに、慎司と友好関係がある学生で神姫は唯一のアンチクラスメイト。上級生なのだから仕方ないし、まず対策できるはずもない。
「ということで私は、整形手術をうけプロフィールを偽装し、同級生としてここに編入しようと考えたのだがどうかな?」
慎司は、返す言葉がみつからなかった。当然反対するが、口論で負けるのは目に見えているから。とりあえず、助けを求めて「にゃー」と鳴いてみた。
すると目の前の美女が、悪戯悪魔のような笑みを浮かべて応えた。
にゃあ。
「暑中見舞い申し上げます♪」
家に帰ると、慎司は自分の机に紙切れが置いてあることに気づいた。
写真だった。なぜか猫コスプレした慎司の母が、胸の谷間を見せつける魅惑的なポーズをしている。
補足するが、その母は写真ではなく実体だ。写真はもっと健全なものだった。
「……どうしたのさ。まだ夏休みにも入ってないよ」
「や、だから練習よ練習。もとい、慎司に久しぶりにハァハァしてほしいなっていう肉欲の暴走」
「僕、家から離れるからさ。お父さんとらぶらぶすればいいよ」
慎司は譲歩した。自分が
対し、
「何言ってるのよ、ムスコが好きなのよ♪」
「下ネタすぎるにゃあ!」
その夜、美猫が蜘蛛のように獲物を絡め取る騒音がしばらく響いた。少しして、音はほとんど無くなった。耳を澄ませば聞こえる程度まで。
逆にぇろい。
○ ○ ○
「満腹になった。でもまだまだたくさんあるから、みんなにも食べて欲しい」
生徒会室に五人がいた。
神姫は、テーブル一杯に広げられているマクドのテイクアウト品の数々を指差して他四人に言った。次の瞬間、慎司があまりに激しいリアクションをしてのたうちまわったのだが誰にも読み取れなかった。
前回と関係性があるのかについては不問とする。
「はーい、神姫ちゃん」
「何かね彩乃」
彩乃が挙手し、神姫が許した。
二人が名前で呼び合う仲であることに、慎司は少しばかり驚きを得た。
「整形できるところなんてない。君は最高に美しいよ」
「口説くのは何か違う。というかそれも前回の話だよ」
天然ではなく、意図してボケたようだ。彩乃はてへっと舌を出して一歩下がった。
神姫はうんと頷く。そして両手を広げ、にっこりと笑った。
「ルールは簡単だ。制限時間内に多く食べることができた者が勝利となる。最下位の者には罰ゲームが待っているよ」
「なんでミニゲーム始まるの」
普段の慎司はもっとポケポケしているのだが、神姫や彩乃の前ではツッコミに回らざるを得ないようだ。
だが、予想外なところから慎司を阻む声があがった。優である。
「何も臆する事はない――」
「四対一だ。負ける要素が一つも見つからない」
「当然、バトルロワイヤルだが」
神姫が初めてツッコミに回った。
優は目を見開いて硬直している。慎司は思った、君は天然だったんだねと。
その慎司の視線に、優は気づいた。見つめ合う二人。ゆるり、ゆるりと、慎司はまれに見るほどにっこりとした笑みを浮かべた。普段から無垢や純真という言葉が似合う素晴らしい笑顔や仕草だが、今はすべてを受け入れる天使か聖女かと見紛うばかりの美しい微笑であった。
そして、優は顔を伏せた。必死に言い訳を考えていたのに、慎司と目を合わせた事で安心感を得てしまったのだ。いいんじゃねーのという考えに至ってしまったということはつまり、少なからず認めてしまったことになる。いや、過去にもそう思うことがあったがその時は上手い言い訳をできたのでついでに自分を騙しもした、そうして故意に目を背けてきた真実に今、不意に直面してしまった。
自分はやっぱり天然ボケなのか、優はあからさまに悲壮感を醸し出して天井を見上げた。天井を見上げた後、懐からメガネを取り出すとそれを慎司にソッとかけてダッシュした。
彼の心の中の夕日に向かって走り出した。ちょっとだけ涙を流しながら明日に向かって走り出した。
気がつけば、
「そうなんです」
ナレーションへ向かってヒャドをぶっ放すと、優は腕組みをして周りを見渡した。
木しかなかった。補足するなら、草や葉っぱや幹しかない。茶色と緑で彩られたスケッチブック、タイトルは『森』
視線を斜め上へ向け、再び周囲を索敵する。校舎は大きめなのだが、この木々はそれより高いらしい。
「なら登ればいいか」
優は適等な木に狙いを定め、歩き出した。
1st Stage
『根元』
ピッ。
『
ピッ。
『優はどうする? 戦う
防御
逃亡 』
「……どうするかな」
サッサと木に登れよ、というような外野の罵声を受けたかのように、優は突然ハッと我に返って立ち上がる。
その拍子に手から零れ落ちたのは、型の古い携帯ゲーム機。なぜ落ちているのかは不明である。
「クソッ、もう日が暮れちまってる」
優は木の上を見つめた。葉の間隙から夕暮れの光が漏れていた。優は先を急ぐ事にした。
2nd Stage
『幹 中腹部』
「ほう。アリんこ軍国からのスパイではないと申すか?」
「そうでございます、ヘラクレス陛下」
優は深くお辞儀をした。その相手はなんとデカいカブトムシだった。異常だ。だが優は適応していた、とりあえず天の使いかそれ的な勇者という立場を確保することに尽力した。そして、今まさに成功せんというところだ。
「ですが、私はそやつらの本拠地を知っています。早速ですが用件を言わせていただきます、私の情報を買ってはいただけませんか? そちらには、とても好都合でしょう。臣下の方々はどうお思いですか?」
互いにニヤリと微笑みあう最中、砲撃が轟いた。
大気が蠢く。
敵襲、とその場にいる誰もが覚った。
「貴様の媚びも、無駄になったようだな」
「そのようですね。手を打っておいて良かったです」
優の周りで、爆発が起きた。砂煙が立ち込める中で、声が響く。
助けに参りました勇者様、と。
「おのれ、やはりアリんこ軍国のスパイだったか……ッ」
戦がはじまる。だが精鋭のいないこの場は、最も早く済んでしまいそうである。
呪怨の声を浴びて、優は嘲笑する。
「そう、俺はキリギリスだったのさ」
慎司たちがこの場に居合わせれば、ああまた天然炸裂かと思ったことだろう。
そうして反カブト無視王国は滅び、真聖勇者様帝国が誕生する。歓喜に飲まれる最中、コツンと大きな音を響かせてこの場から去る者がいても誰も気づかない。
更なる高みへ、勇者は駆け上がる。
3rd Stage
『天空』
上り詰めた。
その先にソレはいた。
「よくぞここまで来た……少し余興はどうだ。私は興味がある、高みに上り詰めようともがく者どもはどんな気持ちでいるのかと。頂点に君臨する私は、な」
美貌をもつ男が、マントを翻した。
「関係ない。俺は、お前の立ち止まる此処から更に上へ進むだけだ。立ちはだかるならお前でも倒す、最強かどうかなんて関係ない」
勇者と呼ぶには冷徹過ぎ、魔王と呼ぶには優しすぎる眼光をその男へ。優は立ち止まらない。進む、何の躊躇もなく。
「おもしろい事を言う。ここが頂点だ。貴様が目指してきた究極は、此処にある」
「へぇ。やっと辿り着いたわけか」
「分かったなら、早く気張るがいい」
次の瞬間、目に見えるほどの覇気が集う。所謂、
「遺言を心に想うのも忘れるな。お前は此処から、再び戻ることになる。屍で、生まれた時にいた最底辺まで還ることになる」
そうして開放に至る、巨槌に酷似した破砕形式の破壊効果。それは闇を僕として、<ruby>夜闇が空にそっと掛かる様<rt>神業</rt></ruby>を模倣する。
その圧巻たる風景が
優の眼に、少しだけ歓喜の色が滲んだ。
決断は早かった。たまらなくなってお菓子の元へ駆け出す子供のように、優は目標のものだけ見て一目散に走り出した。
それもほんの少しの間。なぜなら優の目標とする物は、遥か
「恐れを為して逃げ帰るか! それも良かろう! だが生きてさえいれば、まだまだ続くぞ。微々たる幸福も、大いなる絶望も――」
目も開けられぬほどの風の中にいる優に、背後の高笑いは遠すぎて聞こえなかった。
「おかえり」
優の姿を見ての一声は、相当待ち望んだのか、とても甘ったるい声色だった。
飛び込んできたところをポスッと受け止めただけでは足らず、優は慎司の髪に頬を当てる。
「待っててくれたのか」
「うん。だって、いっしょに食べたかったんだもん」
机にお取り置きされている、優と慎司の分。
優は目を細めた。あまりの嬉しさにどんな顔をすればいいかわからないのだ。服越しに感じる慎司の腰がちょっと細くなったように錯覚し、優は確かめるように手をわさわさと動かす。
「なんで一人なんだ」
「だって、授業中だよ? あ、僕も優も三時限くらいサボリになっちゃってるであります」
慎司はてへっと舌を出す。
「不良だな。なんで待ったんだよ」
「だーかーらー、いっしょに食べたかったんだもんもんーっ! それに、優といっしょなら不良も悪くない、かな」
次の瞬間――、
優の中でドス黒い何かがむくりと首を擡げた。
スイッチが切り替わるかのようだった。
顔が酷く歪んでしまうのを抑えられない。ククッと笑いたくてたまらない。
「……反省しないなんて、慎司は悪い子だな」
"衝動"を抑えきれずに漏らした言葉は、優しいような冷たいような、表現のしようのない声色だった。
慎司がキョトンとするのに気を留めない。そして優の手が、撫でるように抉るように握り潰すように愛でるように、慎司の体をまさぐる。
数度ビクンッビクンッと硬直を繰り返す慎司だが、そんなことで優は止まらない。唐突に、ピタリと手を止めたかと思うと、それは終了ではなく"確認"だった。
優の目が、胸に抱いている慎司をジッと見下ろす。
慎司は荒い息をしていた。だが苦しそうではなかった。
意味することは一つ。
まだ息が整っていないというのに、慎司は優へ必死に話しかけようとする。
優はそれを眺めているだけだ。慎司の乞うような目に、優は視線を合わせるだけ。
――この時、優は気づいた。
この衝動を何と現せばいいのか。
「……僕、男の子だよぉ…………」
そしてそれは、慎司の囀りを以て完全にオンとなる。
「悪い子は、
口を三日月に歪め、優は囁く。触れられたわけではないのに、慎司の体がビクンと飛び上がった。
恐怖の美貌をもつ狼が全力で子犬を怖がらせる、そんな恋愛事情。
「罰ゲームだ」
夜。シャワーから上がってきたばかりのバスローブ姿の慎司はわけがわからず「にゃあ」と鳴いた。
その前には仙童神姫、彩乃、美希が並んでいる。
三人の服装は、外出用と呼ぶにはなんだか雰囲気が違う。室内用にゆったりしているのだろうか。
神姫と彩乃に両腕に抱きつかれた慎司は、美希とにぱっと笑い合う。
なんなのにゃあ。
慎司は問いかけ――ることができなかった。
美希の方が速かった。彼女は慎司の胸板をぽーんと押したのだ。
慎司ごと神姫と彩乃の二人も弾き飛ばされた。違った、タイミングを合わせて神姫と彩乃が跳んだのだ。
そして慎司は浴場へ逆戻り。ざぼーんという大きな水音が響く、その後の音を塗り潰すように。
コメント:序盤を書きたかっただけ。いちおう頑張ったはずなのに、konozamaという。レベルがまだまだ足りない。これを楽しめた人がいたなら、その方は勇者。崇めさせてほしい。と、コメントを誘うみなせっせトラップを仕掛けてみる。ここまで自分でけなす作品をなぜ投稿するのかというと、ええと、うん、さあ次いってみよー!
○ ○ ○
猛暑も近いというのに、妙に涼しい目覚めだった。
慎司は思う。ひんやり気持ち良い、ってか冷たい、ってか寒みぃぃぃぃぃッ!
覚醒からぼおっと天井を見つめていた慎司だったが、感覚も普段どおりになった途端すごい勢いで直立した。
勢い余って頭から床に落ちた。違った。ワンカートに詰め込んだような量の保冷剤に、慎司は頭を沈めた。
「フリーザッ!」
声が妙に高音だったのは、驚愕のためか。というかどんな悲鳴だ、反射的なものとは到底思えない。
素晴らしい精神力のおかげで再三の事態にはならなかった。慎司は、安全地帯から状況把握を行う。
今慎司が立つのは、先ほどまで慎司が寝そべっていた所だ。その周囲にトラップは散りばめられていた。
いや、もっとひどい。部屋全体にまで陳列されている。行き届いている。足の踏み場がない。というか新たな地形が創造されている。それほど山積みされている箇所もあるということだ。
冷凍庫で寝たんだっけ、と慎司は考えてしまった。常温の場所でこんなものを保管するはずがないから、販売元だともしかしたらそんなこともあるかもしれない。だがそれだと起きることができずに凍死するはずなので、慎司はこの場所を自室だと思い込むことにした。
慎司は、ドアらしき物(三分の一しか見えない)がある方へ向いた。床上浸水、という言葉を思い浮かべたが振り払った。リアクションはとりすぎても全然足りないが、今は一刻を争う。残念ながら凍死の可能性は存続していた。白い息を吐きながら、この部屋から脱出することを考え、慎司は行動を起こした。
「おーい!」
SOSしてみた。
返答があった。
「にょろーん」
慎司は硬直した。そのまま芯まで凍り付いてしまいそうだったので、慌ててストレッチを行う。
しばらくすると、体が温まってきた。だが返答の主がこっちへ来ない。仕方ないので、第二の手段に出る。
慎司はしゃがみ込んだ。そしてドアへの進路にある障害物を、丁重に脇へ避けていく。
モグラのように土を掘り進めていく単調作業なわけだ。
だがその考えは甘かった。慎司が手を付けるのは、雪のようなものなのだ。直ぐに慎司の手が真っ赤になってしまう。赤は灼熱を思わせる色だが、慎司の体温はちっとも上がらない。
すると突然、慎司がだらんと両腕を脱力させた。顔は苦渋に満ちている。ふと、叫び出す。
「こんな、こんなところで諦めるつもりなのか! 一緒に前に進むんだろ!?」
『……でも、もう無理だよ。俺はもう、無理なんだ』
慎司が左腕と会話しはじめた。
完璧な腹話術だった。慎司がいつそんなスキルを磨き上げたのかは定かでない、死の危険が身近なために何らかの覚醒を起こしたのかもしれないがバッドエンドを盛り上げるだけなんて悲しすぎる。
{そうだよ、俺たちはもうここで終わるんだ。……へへっ、今思えば短い付き合いだったな}
右腕、参戦。
「何言ってんだよ、馬鹿言うなよ! てめえらはくだらねぇよ!」
『ハッ、おまえこそ図々しいぞ。痛い目見てるのは俺たちなんだぜ、おまえは痛くも痒くも無ぇ。おまえに俺たちの何が分かるって言うんだ』
「ハラマキ! なんて事を言うんだ!」
随分個性的なネーミングだったが、ツッコむ者がいないので淡々と話は進む。
{おいおい、無理言うなよ。命令しかしないこいつに、俺たちの苦しみが分かるはずも無いってんだ}
「メンボウ……」
歯を食い縛る慎司。悔しかった。ここで死んでしまうことより、何よりも運命共同体の友に信じてもらえていないことが。死んでも死に切れなかった。この齟齬で彼らをずっと苦しめ続けてきていたのなら、今ここで清算したい。しなければならないと慎司は思った。
慎司は決断した。前をキッと睨む。
{おまえ、まさか――}
友の声を聞き終えぬ間に、慎司は走り出した。
両腕を庇って胴を大きく反らし、ぶつかる。慎司は跳ね飛ばされてしまったが、たしかに効果はあった。といっても全体的に微々たるものなのだが。
だが気持ちは溢れるほどに込められていた。他人の心を、揺り動かす程に。
「決めたんだ、生きるって! ハラマキも、メンボウも、死なせない! 絶対に死なせない!」
慎司は、打ちひしがれる友の吐息を聞いたような気がした。
少しの間が空いて、友は慎司へ優しく語りかけた。
『人が話している途中なんだぞ。おまえはなんて自己中心的なんだ。』
「問題はそこかよ。っていうか、人じゃないだろ」
……。
……。
……。
<別パターン>
両腕を庇って胴を大きく反らし、ぶつかる。慎司は跳ね飛ばされてしまったが、たしかに効果はあった。といっても全体的に微々たるものなのだが。
だが気持ちは溢れるほどに込められていた。他人の心を、揺り動かす程に。
「決めたんだ、生きるって! ハラマキも、メンボウも、死なせない! 絶対に死なせない!」
慎司は、打ちひしがれる友の声を聞いたような気がした。
少しの間が空いて、友は慎司へ優しく語りかけた。
【メッチャ痛いんだけど。ってかなんで俺? 無関係じゃね? マジで何考えてんの? ってか慰謝料よこせ】
胴、襲来。
沈黙が流れる。
「……」
『……』
{……}
「ごめん」
『ごめん』
{スマソ}
コメント:なんか慎司のキャラが変わったけど、寒さで精神イカれたからってことにしといて( ・ω・) あとDBとは関係ない。フリーズのer型、みたいな。
○ ○ ○
前回の続き
とまあそんなこんなでお昼になり(>ええー?)
場面は移ってパチンコ店。優(レスメガネアンド鬼畜モード)が黙々と目の前の台にのめり込んでいる。
年齢制限とか大丈夫だったのだろうか。
優の集中が霧散した。きっかけは、隣人の舌打ちだった。優はそちらに目を向けて、すぐに察した。
なんとなく、優は救いの手を差し伸べた。隣人はびっくりしたあと、はにかんで受け取った。たった一粒の、ほんの小さな優しい話である。
すぐ後だった、そちらから天国のBGMが響きだしたのは。
優は目を見張った。すると隣人と目が合った。数秒して、お互いにはにかみ合った。
そう、バトルスタートの合図である。
その結果、玉がいっぱい詰め込まれた箱を身の丈になるまで積み重ねて優はパチンコ店から出た。店内から泣き声が聞こえるが優は完全無視した。
玉だけこんなにあっても億万長者にはなれない。別の店で換金というのは可能なのだろうか。とにもかくにも、優は世界旅行に行こうと夢に浸る。
1st Stage
『街角』
これからどうしようか、とスクワットでこの喜びを表現しつつ考えていた優の前に、立ちはだかる者がいた。
「何してるんだ……?」
「見て分からないか」
雪人の問いに、優は至極当然のように言ってのけた。雪人は手鏡を持ち歩こうと心に決めた、だがこんなハプニングは普段は起こらない。というか普段から起こったら困る。世界は謎だらけというが、表現がわからないという意味では優のこれもその一つかもしれない。だがそんなのは嫌だ。
「ところで、付近で未成年者お断りの娯楽に入り浸っている学生がいるらしい。ところで、その箱の中身は何だ?」
「留年しまくった二十歳越えの学生じゃねーの。それか制服フェチのパチスラーだろ。あんたみたいな生徒会の中でも屈指の優等生が直々に探す必要もない、散った散った」
「そうだといいが念のためだ。ここで会ったのも何かの縁だろう、おまえも手伝え。で、その箱の中身は?」
雪人の誘いに、優は首を振った。
「ごめん、俺は『ここで会ったが百年目』派だから。後、今日は良心が痛む日だから帰るわ」
流派とかあるのだろうか。微妙に自白している節もあるが、雪人の意識は優の抱える箱だけに向いていた。前世が金の亡者だったとかそんなスペシャルスキルが何かしているわけではなく、勘が働いているのだろう。
「没収する」
雪人は手のひらを見せた。優は絶望した、「おっ、恋愛運がいいよキミ」と手相占いのネタをかましたり「み、見逃してくだせぇ……四条二等兵」と琴線に触れるボケをかましたりしようと考えたが現状を打破できないのでそれは断念した。
「だめだ。これは俺様の命なんだ。メガンテ(自滅呪文)してでも渡さん」
それでは結局命が無くなってしまうぞ、優よ。
「いや、渡してもらう。生徒会の予算が足りないのでな、丁度良い」
「横領かよ。もっと渡したくなくなったぞ……あっ」
優は自白したも同然。
その直後から、雪人は容赦しなくなった。
優は一目散に逃げ出す。全力疾駆で逃亡を図る。悔しかった。やるせなかった。男に追われるなんてなんて花のない時間なんだ、そう思って優は携帯を取り出した。番号をプッシュした。繋がった。
『もしもs』
「あ、仙童総隊長? 俺、優なんだけど。今からちょっと慎司を拉致って二人だけの愛の逃避行してくるから、邪魔するなら直ぐ来てね」
ブチッ。優は言いたい事だけ述べて携帯を閉じ、懐に戻した。嘘を駆使してまで鬼を増やすなどあまりにも愚かしいが、どんなデメリットがあろうともこのむさくるしい状況を打破できるならかまわないと優は考えていた。要はスケベなのであった。
その時には――もうはじまっていた。
空を黒が覆う。黒は軍勢ではなく一個、絶望のドデカモノリス、厖大な鉄の夜空である。
優は、神姫が嘲笑うのを聞いた気がした。
次の瞬間、流星群が降り注いだ――。
ハイテク万能☆強靭無敵☆最新最凶☆<ruby>水陸宙両用超無敵亜光速飛行大戦艦<rt>ウルトラスーパーな</rt></ruby>『
コメント:蚊とともに大きな建築物などもいっしょに殲☆滅されたわけですね。ファーストステージまでしかいけないなんてどんだけエクストラモード。ところで私はイージーモードで縛りプレイするのが好き( ・ω・) あとDQは関係ない。だってあっちは爆撃じゃなくて魔法だし。ごめん嘘吐いた、名前は無断拝借した。ギャグ物だし、弱小サイトだし、良いかななんて。
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香り芳しいブラックコーヒーに、自家製ドレッシングで彩られたトマトやキュウリなどのサラダ。サラダの皿には、ハムも数枚載せられている。
ほかには、コンソメスープがある。これも良い香りがする。
だが彼は、これらすべてに背を向け、パンにハムを挟み込むとすぐに食卓から離れた。まだパンに口をつけていないのに、リビングダイニングキッチンを出ようとする。
「待って」
甘い声が、彼を制した。ちょうど、ドアに触れたところだった。
振り返る彼の頬に、ちゅっと口付けするのは彼の母である。
その拍子に、はち切れんばかりの胸が彼の胸板に擦り付けられる。
「ごめんなさいね。明日からはもうちょっと抑えるから」
彼の起床は早かったが、母がベッドに転がり込んできたために遅刻ギリギリのこのような時間になってしまった。
責任を感じているのだろう、母は少しショボンとした様子だった。
「行ってきます」
その様子を察して、彼は母の手を取って、にっこりと笑みを振り撒いた。
そして家を飛び出した彼は、呼吸の邪魔にならぬ程度にパンを貪りつつ学校へ走る。
まだ堅い制服。けどもう二ヶ月も通ったのだから、そろそろ着こなせているように見えるかなと思う。
「わ!」
「ッ――」
しばらくして、彼は登校路の途中にある十字路へ差し掛かった。
彼は速度を緩めずに駆けていた。パンを食べ終えたので最初より速い。彼のスポーツテストの成績と比べれば、今の速度が全力の八割方だと解る。その速度で、彼は脇からひょっこりと姿を現した女性にぶつかった。
彼が心身ともにヒヨコのように幼かったので、女性が突き飛ばされるかわりに彼が尻餅をついた。
だが次の瞬間、おかしな事が起きた。女性がストンと膝から崩れ落ちたのだ。
「す、すみません。大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
痛がるよりはやく立ち上がり、彼はすぐさま女性へ駆け寄る。
人が、それなりにはやい速度でぶつかったのだ。身長の差から考えるに、彼はこの女性のお腹から下にドンとぶつかってしまったと解る。
どこか故障しているところがあって、ぶつかった衝撃でそこを傷つけてしまったのかもしれない、と彼は思った。
心底不安がる彼に、女性は絞り出すような声で応える。
「大丈夫……」
強がりだと思い、彼は女性に肩を貸して近くの病院へ行こうと決める。
そしてメンタルマップを想像しつつ彼は女性に手を伸ばす。だが女性はそれを制した。
「本当に大丈夫だよ」
言葉通り、女性はスッと立ち上がった。足取りは力強い。
彼は驚いて目を丸くしてしまうが、冷静に考えた。
吹っ飛んだ方は自分だ。
少しおかしく思うこともあったが、彼はふと恐怖を取り戻した。遅刻という恐怖は、呆然と考え事に耽るこの間にも距離を詰めてきている。
「そ、そうですか。それは何よりです! では僕は退散させていただきます、メロスが待っているんです!」
彼は思考を切り替えた。いや、切り替えが上手くいかずにズレた事まで口走ってしまった。メロスは走る側である。
彼の暴走は続く。女性の返答も聞かず、本気率十割の全力疾走で学校へ向かう。
女性の目から、彼の姿はすぐに消えた。
女性はうっと唸ると、腰に手を当てて眉間に皺を寄せる。何かが押し寄せてきていて、女性はそれに必死に対抗しているようだった。
いうなれば自己嫌悪、叱責と後悔が衝突する脳内反省会バージョンネガティブ。
「名前、聞き忘れた……」
女性は目をつむり、彼を思い出す。
すぐに目を開いたが、彼が尻餅をついたところを名残惜しげに見つめてしばらく微動だにしない。
完全に遅刻だな。
次に動き出した時、女性、 仙童神姫は特に戦慄くこともなく冷静に、彼、 三波慎司の駆け去った後を追うように歩き出した。
ホームルーム開始を知らせるチャイムの、最後の一音が残響を終える。
ぜぇぜぇと息を切らせ、机に突っ伏す慎司。おーよしよしと慎司の髪に頬擦りするのは、クラスメイト、友人" 姫乃彩乃"
バストはEカップだろう。感触的に。お腰周りにも、所謂桃尻というやつ。セクシーに成長なさった彼女だが、これでまだ高校一年なのだ。チートすぎると思う。恋愛などの青春経験を経るのだから、これからが成長期。今後どのような妖花として開花するのか、すごく楽しみである。まる。
少し下品な事まで考えてしまった慎司だが、それも仕方ない。彩乃はその人柄を『シモ』と一言で表現しても語弊が無いような人だ。本人も自覚し、あえて前面に押し出しているのだから、慎司の評価は失礼にあたらない。だが慎司は、不健全な考えをしてしまったのは自分が彩乃に影響されてしまったからではと僅かに危惧した。
そして我に返ったとき、彩乃の愛撫が巨乳を用いた手法へと移行していることに遅まきながら気づき、慎司は海で溺れた子供のような抵抗をはじめる。
「だから、母みたいな路線はやめておけ。彼が限界に達する」
海の首根っこを掴みひょいと持ち上げ、様子を窺うように 子供の顔を覗きこむライフセーバー、否、クラスメイトで友人の" 夜夜優"。
うう、名前どおり優しいお人だにゃあ。
「大丈夫ですか、慎司さん」
お礼を言おうと口を開いた慎司だが、優に割り込まれうぐっと言葉を飲み込む。
優は、唯一、さん付けで敬意を示してくれる同性の友人である。ああ、メガネ越しに見える瞳がとってもとっても優しいよぉ。
慎司はすこし心酔してしまう。
「この季節ですと、彩乃さんのらぶあたっくも逆効果かもしれませんね」
「美希ちゃん」
クラスメイトかつ友人、" 風祭美希"までもが慎司の下へ集う。
彩乃のような魅惑的さは無いけれど、自分と同じくらい小柄だから親近感が湧く。最初は、あのキツい目つきで射殺されるとヒヤヒヤしたけど……。
「がーん。彩乃のムチムチぼでーは罪作りなのね。うう、美希ちゃん、今晩は私を慰めてぇ~」
優の捕縛から逃れ、彩乃は美希に頬擦りする。苦笑しながらも受け止める美希。
うう、美希ちゃんも優しいにゃあ。でも――
「そろそろ、席に戻ったほうがいいんじゃない?」
慎司が皆に告げたと同時に、ドアががらがらと音をたてた。
「出席とるぞー」
あ、遅かったや。
慎司は先生へ目を向ける。だがそこに、先生はいなかった。先ほどの発言も、先生のものではなかったのだ。慎司の思い込みだったのである。
先生ではなくクラスメイトの" 四条雪人"が出席簿を片手に教卓へ。
「どうしたの?」
「先生は急用ができた。少し遅れる、とのことだ」
友人なので、慎司は遠慮無く質問を投げかけた。雪人は事務的に返答し、ホームルームを進行させる。
慎司は目をぱちくりとさせた。
○ ○ ○
その劇的な出会いは早朝のことだった。突然、彼が胸の中へ飛び込んできたのだ。
神姫は語る。彼女はその能力の高さ故、反射的に衝撃を受け止めた。そして慎司の口付けを受けることとなった。彼女が口付けを受けた箇所は唇ではなく胸(服越し)。口付けといっても、不可抗力であるのは明白で、慎司がぽーんと弾き飛ばされたために一瞬の出来事でしかなかった。
しかしその瞬間、神姫は雷のようなものに撃たれ足先まで硬直してしまった。次にこれでもかというほど脱力し、弓なりのままへたり込んでしまう。
神姫は、雷のようなものの正体が快楽であると見い出し愕然とした。確かに胸は性感帯とされている。彼女にとっても、それは変わらない。だが、彼女が強烈な快楽を受けたと断言しようにも、状況との齟齬が生じる。性感帯への口付けは彼女が発情している時に行われたのではなく、しかも性感帯は服に包まれていた――服はシャツとブレザーという二重構造である――唇がほんの少し触れた程度のこの口付けは、服のせいもあって、彼女には感触すら伝わっていないはずなのだ。
「だから探し当ててほしい、と?」
以上のような事を神姫に説明され、対面の位置にいる女教師が神姫が最初に言った台詞を繋げた。
神姫は頷いて、少し補足をする。
「私が本気出したらすぐだったんだけど、それだとあなたが迷惑がると思って」
「頼ってくれて正解よ。 神姫が本気を出したらどれだけ損害が出るか……」
「折角頼ったのだから、私の機嫌を損ねない速度で発見してくれよ。これから容姿の説明をするから」
神姫は目を瞑り、数秒経ってから目を開けた。
「彼は、髪を両側に一つずつ括っている」
「ツインテールなの?」
「いや、少しだけだよ。ツイーンテールというほどではない。他は普通に下ろしている。セミショートといった具合か」
それ本当に男の子なの、という言葉に神姫は深く頷いた。
「チビっ子ながら、脚がしなやかに細くてセクシーな感じだ。でも童顔でね、声変わりしていない声と合わさってもの凄く可愛いんだよ。でもその可愛らしさは、男らしいがさつさに吹き飛ばされてしまっていてね。あ、でも勿体無いと思う必要は無いんだ。あどけなさというか、場を和ませる力のようなものが満ち溢れて、もっと素晴らしくなっていて――」
「ちょ、ちょっと、本当に男の子なの? おてんぱか、奇抜な娘にしか思えないけど」
「スカートも似合うだろうね。きめ細かな肌や、丸みを帯びたお尻が、とてもそそるだろう」
神姫はじゅるりとゆだれを飲み込んだ。
そして、運命の再会は本日中に行われた
○ ○ ○
「大規模な集会ですね」
「そうだね」
授業が急遽変更され、全校生徒が体育館に集められた。
クラスは、名簿順の横一列に並ばされた。慎司と優は隣同士だった。
慎司が目を凝らす先で、四十名を超える生徒会会員がずらっと並んでいる。
「どうやら僕らは、検問の順番待ちをしているみたいだよ。何か良くない事が起きたのかな」
「まあ、慎司さんはすぐに解放されるでしょう。僕は身に覚えがありすぎますが」
優がメガネをくいと持ち上げた。
彼が<ruby>大人しくなった<rt>メガネをかけるようになった</rt></ruby>の、は一年以上前のことだ。そのことのお咎めにしては今さらすぎるし、まずこんな物量作戦と繋がりが無い。
慎司は苦笑しながら言った。
「僕に濡れ衣がかかっても、暴れ出さないようにね。優が注目されたんじゃ、どっちみち駄目なんだから」
「……」
え、何で無言なの。
慎司は渇いた笑みを浮かべた。
テキパキとした処理速度のおかげで、慎司たちは後半クラスなのだが早くも順番が回ってきた。
「すみませんが、生徒会室までお越しいただいてもよろしいでしょうか」
「へ?」
対面した直後に慎司が生徒会会員から言い渡された台詞。言い換えるなら、あなたは要注意人物なのでもうしばらく尋問させていただきますよという事。
え、まだ何も訊かれてないよ。
呼び出された屈強な巨漢に囲まれ、慎司は不条理に思った。
その気持ちを共有する者が、隣にいた。
「にゃ?」
その者は、ゆるりとだが素早く、メガネをはずす。そして慎司の手を引き、自らの背の後ろへ隠した。
「―― 悪ぃ」
その者は今さら、先ほどの問いかけに答える。
「俺、暴れるから」
優、凶暴化スイッチがオンされちゃったんだなぁ。
優の冷め切った声のトーンから、優がどんな心境でいるのかを慎司は察する。
対し、生徒会会員らは少し戸惑った。慎司を庇い立てする何者かが現れたと認識するよりはやく、優の挑発的な目つきに気分を害した。そして、反射的に睨み返してしまった。
いうなれば、今の優は最新鋭の防衛システム。敵意を察知すれば、攻撃を以ってその異分子を退治する。
だが、一つの戦闘不能が生まれると同時に、敵意が増大した。
防衛戦はまだまだ始まったばかり。
攻撃後硬直からゆるりと直立へ。優は、悪い顔で笑った。
○ ○ ○
「何がどうなっているんですか?」
鼻が触れそうな至近距離で、美希が慎司に問う。
彼らの一団は、雪人と美希と彩乃を迎え入れ、二人から五人へと増強された。
三人は検問が終わると教室まで誘導されてしまったため、慎司を待てなかった。仕方なくもう一度体育館へ戻ってみると、なぜかわからないが優が無双していたので、三人は訳もわからぬまま加勢した――と、経緯は大体このような感じである。
慎司は両手を広げ、にっこりと笑った。
「ルールは簡単だにゃあ。立ち塞がる敵から、護衛対象を守り切れば勝利かもしれない。護衛対象は誰なんだろうね、さっきから優に首根っこを引っ掴まれている僕のことだとは思いたくない」
「慎司ですね」
「慎司だねぇ」
「慎司だな」
美希、彩乃、雪人に断言され、慎司はしょぼんと縮み込んだ。無言のまま警戒を続ける優。
五人がいるのは右棟三階隅に位置する第二視聴覚室。
検問を終えた生徒達は教室にもどされ授業が再開される、ということは各教室には教師が滞在している。それは厄介だと、特別教室を狙って潜伏した。話し合いをしにいこうという慎司の意見は却下された。
張り巡らされた優の意識の糸を、微かに揺らす気配があった。雪人も察知したのか、教室の隅にかためて置いてある竹刀の一つを拝借し前衛へ。
ドアが僅かに開く。二秒もかからずして全開されるだろうが、雪人はその微小な間隙へ斬撃を滑り込ませる。
野太い呻き声がした後、ドサッという物音が響く。
「ああ、五人目の死者が……」
「やぁ、死んでないから。だいじょうぶだよ」
慎司が嘆くので、彩乃は彼の頭をなでなでした。
死体(嘘)を隣の教室へ隠すのは、美希の役目である。程無くして五人は集結し、戦闘態勢を解く。
「これからどうする? このまま立て篭もっていても、駄目だろう。慎司の言う通り、話し合いで勝利するしかないと思うのだが」
雪人の問いかけに、慎司が嬉しそうな声をあげた。
対し、優が呟く。
「 喧嘩か……」
「や、ルビ振って読み方同じにしても駄目だからね? 全然意味が違うんだからね? に、にゃあ!」
「私も賛成です。どんな目的かはわかりませんが、生徒会を動かしているのは生徒会長に違いありません。そうと決まれば、すぐにでも敵将と 殺し 合いましょう」
「ちょ、おまっ……美希ちゃんがダークモード入った! まだ一話目なのに!」
悪い顔で笑い合う美希と慎司。雪人が肩を竦め、慎司が目を真ん丸く口をおにぎりみたいに三角にし、彩乃が満面の笑みで慎司にぎゅうっと抱きついて胸を擦り付ける。
○ ○ ○
篭城戦のようなもの。故に対抗策もその代用で務まる。立て篭もる五人の行動範囲をじょじょに狭めていくように、総員は連携をとって取り組む。
定時連絡を行わない、もしくは行えない会員をピックアップし、敵の位置特定と行動予測を急ぐ。
だがすべて水の泡に終わった。連携をとる必要がなくなったという意味で。それどころか、総員退却しなければならない。
彼女はそれだけ強大である。
「【神帝】様だと……。あのお方が参戦なさるだなんて訊いてないぞ!?」
「いや、あのお方が宣告してから来られた事など、まず無い。兎に角、逃げるぞ。校舎が倒潰しないことを祈るくらいしか、俺たちにはできねぇ」
最上級生を押し退けて生徒会長に就任した二年生、通り名を【神帝】という。彼女が頂点に立ったその日から、在校生の半数が生徒会会員となった。そのうち半数は性格が豹変、または「【神帝】様バンザーイ!」としか言わなくなったのだという。
「【神帝】……自ら動くとのことで、世の強者たちが抵抗する間もなく散っていったという……あの噂は、本当なのだろうか」
「や、なんだよそれ。どう考えてもデマだろ。妙にエロいし」
「だってあの見た目、相当エロいじゃん。Hカップだなきっと。それに、あの腰は、男を知る腰だ。俺の目に狂いはない」
「そういうこというなよ。純潔に決まってんだろ馬鹿。俺が奪うんだから」
「悪いな、俺が先約してんだ。神様と相談して決めたんだぜ」
「そんな話をした覚えはない!」
生徒会長【神帝】仙童神姫は歓喜する心を隠し通すことができなくなり、クスリと笑った。
そして風を受けながら、囁く。誰にも聞こえないような音量で。
「私、この戦いが終わったら……告白、するんだ」
○ ○ ○
この出会いを僥倖ととるか、不運だと嘆くか。
大きなカバンを抱える雪人は、少し頭痛を感じた。
その場は、異常なくらいに人気の無い廊下。その場で、異常なほどに強烈な殺気と殺気がぶつかり合う。学校内の出来事としてはそぐわない。だが、仕方が無いだろう。殺気の片方には、拳で話し合うつもりの者が二人ほどいるのだから。
相対する方は、たった一人だ。
単純に人数差だけ見れば、こちらに分があるが……。
たった一人の剣豪は、たかだか数人の凡人に屈するのが常。だがそんな常識がこの相手に通じるのか、雪人にはわからなかった。
「三人か。いや、四人と言ったほうがいいか?」
神姫の目が雪人のカバンへ向く。雪人は答えず、慎重に右へ動く。神姫の目から逃れるように。傍のドアから離れるように。
同時に、狼が駆けた。
「なぜ慎司を狙う」
風すら纏う竹刀による斬撃。対する神姫は軽々と手のひらで受け止め、もう片手で乱れる髪を押さえる。
鍔迫り合いとなった。優の全力と、構えただけの神姫の片手とが釣り合うからだ。
「答えなさい」
だが別の方向から、チェックの宣告があがる。
音をたてずに神姫の背後へ忍び寄った女豹。
「悪いが」
雪人が神姫へ言い放つ。
「慎司は、俺達にとってとても大事な人だ。奪うというなら、死守させてもらう」
「――よろしい、ならば戦争だ」
次の瞬間、美希と優は弾き飛ばされた。可視を許さない神速業、まさに神業である。
続いて神姫は雪人へ手を伸ばす。
雪人は、目を細めた。
○ ○ ○
校舎の一角で、爆発が起きた。
だが火薬は使用されていない。強烈な衝撃波が吹き荒れたために、火薬を用いたのと同等の破壊効果が生まれたのだ。
「手榴弾に勝るとも劣らないな。それを平然と放つ君の身体は、鋼でできているのかい?」
爆発の煙から飛び出し、屋根に乗った神姫の呟き。
それに応じるように、煙から神姫へ飛来する一つの長槍。
神姫は後ろへ跳んだ。 彼が突き刺さり、屋根に小規模の爆発が起こる。コンクリであるので、突き破るとまではいかなくとも、クレーターはできた。
跳躍で神姫に追いすがる彼は、回し蹴りを放つ。
神姫は軽くかがんだ。ぎりぎり上を、彼の脚撃は掠めた。
神姫の着地、雪人の着地。地点はとても近い。二人の位置関係は、キスをするような至近距離の対峙である。
着地の勢いを殺す間に、二人はピッタリと視線を合わせる。四つの瞳は、どれもが敵意を感じさせない。
神姫が鼻で笑って、超絶戦闘は再開した。
逃げる者と追う者、追撃は寸でのところで届かない。
追う者の焦りが募る。だが見た目ではわからない。雪人という人物は、限界であればあるほど研ぎ澄まされる刃であるのだ。
「終わりだ」
逃げる者は、屋根の端に達してしまった。追う者が振りかぶる。
逃げ場はない。そしてこの距離ならば、攻撃は必殺の間合いと呼ぶに相応しい。たとえ回避行動をとってもどこかに当たるのは明白だ。
しかし、その雪人の考えは絶対ではない。固定観念が存在しているからだ。常識から脱すれば、まだ策はあってしまう。その策は今まさに実践される。
逃げる者は飛びずさった。下方に遠い足場へ向かって。重力加速度を受け、危険なレベルの高速と化して。
四階建ての校舎から落ちた結果、負傷は無し――神姫は平然と雪人へ笑いかけた。
おまえじゃここへは来れないよ、という挑発である。
雪人は不敵な笑みを浮かべた。
舐めるなよ。
無造作に、雪人は足元のコンクリを破砕した。破片が幾つも飛び散る。
直後、足場を踏みしめる雪人の右足が突如発火した。
その正体は速すぎる脚撃である。それは、直前と直後の可視しか許さなかった。、また、大気との摩擦が一定の域を超えたために、炎が灯ってしまった。
飛び散る破片の中で最も大きな物が、炎弾と化して空駆ける。
神姫の瞳が、驚きで見開かれた。
その一瞬の硬直へ飛来する、液体化したコンクリの塊。炎が大気に冷却されて固体化、神姫の身体を捕縛するように枷が出来上がる。
満を持して、雪人は跳躍した。
神姫に向かって描かれる弧。
対し、硬直から脱した神姫。雪人の行動に感心するように目を細め、彼女は跳んだ。落下の軌跡を変えるなど人間には不可能、現状の雪人は神姫にとって絶好の的である。
「――終わりだと言っただろう」
雪人は迎撃を行った。
落下と同じように、空中のものであるなら上昇の軌跡も変更不可能。現状の神姫は雪人にとって絶好の的であるのだ。
しかし回避だけが策ではない。神姫は雪人の拳を、枷のない脚の片方で甘んじて受け止めた。
それは愚策であった。暴力を生身で受けることの対価は相当なものであった。
雪人の攻撃に衝撃を受け、神姫の軌跡は真逆へと方向転換させられた。
雪人に連撃できぬ理由などない。
再び灼熱する彼の脚。
それが振り落とされたのは、神姫の身体が地面に落ちるのとほぼ同時だった。
先ほどまでと比べ物にならない規模のクレーターが、跡に残る。
着地した雪人は、違和感を抱いた。直前に感じた、背中を踏まれたような感触を頼りに雪人は振り向く。
「少し本気を出してしまったよ。四条雪人、君の重い一撃の数々には賞賛が尽きない」
神姫がいた。飛び降りたはずの、屋上に。
「本気を出したときに、君の名前以外にも、ついでに察した事がある……慎司の居場所だ。君のそのカバン、囮だね?」
そこから声をあげ、最後にピシッと親指を立てた彼女は、雪人の見える範囲から脱した。
中身が空っぽのカバンを捨て、雪人はすぐさま神姫を追おうとする。
訊きたい事がある。
だがその歩みは、一歩目で途切れた。
クレーターごと雪人を囲む、神姫の手の者ども。
待ち伏せである。ということは、雪人がここへ来ることを予め知っていたのだろう。このような芸当ができる者は、先ほど去ってしまった。
雪人は憤りを露にした。
○ ○ ○
神姫は舞い戻ってきた。
両脚で着地すると同時にきょろきょろと辺りを見回した彼女は、ピタッとある方向へ狙いを定めた。彼女の左右を、左側を"窓側" 右側を"教室側"と安直に説明するなら、彼女の視線は"教室側"に向いている。
おもむろに神姫は片手を掲げた。
直後、風が吹き荒れる。
否、その程度で済んだのは"大多数が"であり"総てが"ではない。ある一方向のみ、比べ物にならない風力によっておぞましい惨状と化した。
運悪くもその一方向に存在していた"教室側"の壁は、まるでロケット弾を打ち込まれたかのように崩壊を期した。
神姫の仕草が何かの引き金であったのは間違いないが、吹いたのは風だけである。ならばこの惨状は風の仕業であるというのか。ロケット弾並の威力を孕む風の魔弾を、生身の人間が仕草一つで発砲できるというのか。そんな事、どこの人間なら信じられるのか。
無くなった壁のその向こうに、慎司と彩乃がいた。
神姫はクスリと笑い、ゆるやかな一歩を連ねてそちらへ赴く。
だが、邪魔をする者がいた。
狼と女豹の牙が、不意を突くように迅速に神姫へ駆ける。だが遅いようだ。神姫は双方ともに受け止めた。
神姫が少し力をこめると、二人は抵抗すら許されずに吹っ飛ばされた。鍔迫り合いはあった。だがそれは、コマ送りにしなければ認識できない程であったのだ。
神姫の歩みは、特にテンポを乱すことなく続行する。
だが二度目は速かった。こちらはこちらで、冗談にも程があった。突き飛ばされた直後に反撃を行えるだなんて、そんな状況、如何なる教本にも書かれてはない。
優と美希が二方向から攻め、さらに天井を突き破って参上する雪人と彩乃によって神姫の喉元が狙われる。
その結果、四人合わせて、やっと神姫の歩みを止める檻が出来上がった。四人が必死であるのに、神姫は飄々としていた。
――否、感動で瞳を揺らせていた。
瞳の揺れには、戸惑いの色も混じっていた。彼女ほどの強敵が、なぜこれほどの弱みを露にしてしまうのか。
「えっ……あ、あの」
その原因は、慎司であった。
「朝にぶつかった人、だよね。あの時は、その、すみませんでした。謝罪が適等になっちゃって」
「い、いや、そのことは気にしなくていい。君は、怪我、しなかった、かな……?」
「う、うん。大丈夫。ご心配、おかけしました……」
「ど、どういたしまして……」
神姫の"アガり"様は半端なものではなかった。
慎司は頬をポリポリ掻いて、視線を逸らす。
こっちまで緊張してしまう。
「じ、実は、もう一度、今度はゆっくり話しがしたくて、会いに来たんだ」
「え?」
ど、どういう事なの。
一瞬何を言われたのかわからず、慎司は「にゃー」と鳴く。
呆然としている彼へ、神姫は再び口を開いた。
「好きになってしまったんだ」
期待で瞳を潤ませて、神姫は細々と微笑んだ。慎司はそれを真っ直ぐ見て、魔法にかかった。
慎司の目は神姫の艶かしい唇に向かっていた。視線を、意識を、欲望を、止められなかった。
妄執がせりあがってきて、慎司はそれのみに突き動かされた。
慎司は神姫へ歩み寄ると、彼女の頬に手を添え、愛おしげに一瞥し、顔を極限まで近づけた。否、極限ではなく限界突破か、ある意味では。
1割より小さい、1分より小さい、1厘より小さい、1毛と呼ぶ程度の割合の冷静さ、所謂理性が呆然と間延びした鳴き声を発する。
ほかには、コンソメスープがある。これも良い香りがする。
だが彼は、これらすべてに背を向け、パンにハムを挟み込むとすぐに食卓から離れた。まだパンに口をつけていないのに、リビングダイニングキッチンを出ようとする。
「待って」
甘い声が、彼を制した。ちょうど、ドアに触れたところだった。
振り返る彼の頬に、ちゅっと口付けするのは彼の母である。
その拍子に、はち切れんばかりの胸が彼の胸板に擦り付けられる。
「ごめんなさいね。明日からはもうちょっと抑えるから」
彼の起床は早かったが、母がベッドに転がり込んできたために遅刻ギリギリのこのような時間になってしまった。
責任を感じているのだろう、母は少しショボンとした様子だった。
「行ってきます」
その様子を察して、彼は母の手を取って、にっこりと笑みを振り撒いた。
そして家を飛び出した彼は、呼吸の邪魔にならぬ程度にパンを貪りつつ学校へ走る。
まだ堅い制服。けどもう二ヶ月も通ったのだから、そろそろ着こなせているように見えるかなと思う。
「わ!」
「ッ――」
しばらくして、彼は登校路の途中にある十字路へ差し掛かった。
彼は速度を緩めずに駆けていた。パンを食べ終えたので最初より速い。彼のスポーツテストの成績と比べれば、今の速度が全力の八割方だと解る。その速度で、彼は脇からひょっこりと姿を現した女性にぶつかった。
彼が心身ともにヒヨコのように幼かったので、女性が突き飛ばされるかわりに彼が尻餅をついた。
だが次の瞬間、おかしな事が起きた。女性がストンと膝から崩れ落ちたのだ。
「す、すみません。大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
痛がるよりはやく立ち上がり、彼はすぐさま女性へ駆け寄る。
人が、それなりにはやい速度でぶつかったのだ。身長の差から考えるに、彼はこの女性のお腹から下にドンとぶつかってしまったと解る。
どこか故障しているところがあって、ぶつかった衝撃でそこを傷つけてしまったのかもしれない、と彼は思った。
心底不安がる彼に、女性は絞り出すような声で応える。
「大丈夫……」
強がりだと思い、彼は女性に肩を貸して近くの病院へ行こうと決める。
そしてメンタルマップを想像しつつ彼は女性に手を伸ばす。だが女性はそれを制した。
「本当に大丈夫だよ」
言葉通り、女性はスッと立ち上がった。足取りは力強い。
彼は驚いて目を丸くしてしまうが、冷静に考えた。
吹っ飛んだ方は自分だ。
少しおかしく思うこともあったが、彼はふと恐怖を取り戻した。遅刻という恐怖は、呆然と考え事に耽るこの間にも距離を詰めてきている。
「そ、そうですか。それは何よりです! では僕は退散させていただきます、メロスが待っているんです!」
彼は思考を切り替えた。いや、切り替えが上手くいかずにズレた事まで口走ってしまった。メロスは走る側である。
彼の暴走は続く。女性の返答も聞かず、本気率十割の全力疾走で学校へ向かう。
女性の目から、彼の姿はすぐに消えた。
女性はうっと唸ると、腰に手を当てて眉間に皺を寄せる。何かが押し寄せてきていて、女性はそれに必死に対抗しているようだった。
いうなれば自己嫌悪、叱責と後悔が衝突する脳内反省会バージョンネガティブ。
「名前、聞き忘れた……」
女性は目をつむり、彼を思い出す。
すぐに目を開いたが、彼が尻餅をついたところを名残惜しげに見つめてしばらく微動だにしない。
完全に遅刻だな。
次に動き出した時、女性、
ホームルーム開始を知らせるチャイムの、最後の一音が残響を終える。
ぜぇぜぇと息を切らせ、机に突っ伏す慎司。おーよしよしと慎司の髪に頬擦りするのは、クラスメイト、友人"
バストはEカップだろう。感触的に。お腰周りにも、所謂桃尻というやつ。セクシーに成長なさった彼女だが、これでまだ高校一年なのだ。チートすぎると思う。恋愛などの青春経験を経るのだから、これからが成長期。今後どのような妖花として開花するのか、すごく楽しみである。まる。
少し下品な事まで考えてしまった慎司だが、それも仕方ない。彩乃はその人柄を『シモ』と一言で表現しても語弊が無いような人だ。本人も自覚し、あえて前面に押し出しているのだから、慎司の評価は失礼にあたらない。だが慎司は、不健全な考えをしてしまったのは自分が彩乃に影響されてしまったからではと僅かに危惧した。
そして我に返ったとき、彩乃の愛撫が巨乳を用いた手法へと移行していることに遅まきながら気づき、慎司は海で溺れた子供のような抵抗をはじめる。
「だから、母みたいな路線はやめておけ。彼が限界に達する」
うう、名前どおり優しいお人だにゃあ。
「大丈夫ですか、慎司さん」
お礼を言おうと口を開いた慎司だが、優に割り込まれうぐっと言葉を飲み込む。
優は、唯一、さん付けで敬意を示してくれる同性の友人である。ああ、メガネ越しに見える瞳がとってもとっても優しいよぉ。
慎司はすこし心酔してしまう。
「この季節ですと、彩乃さんのらぶあたっくも逆効果かもしれませんね」
「美希ちゃん」
クラスメイトかつ友人、"
彩乃のような魅惑的さは無いけれど、自分と同じくらい小柄だから親近感が湧く。最初は、あのキツい目つきで射殺されるとヒヤヒヤしたけど……。
「がーん。彩乃のムチムチぼでーは罪作りなのね。うう、美希ちゃん、今晩は私を慰めてぇ~」
優の捕縛から逃れ、彩乃は美希に頬擦りする。苦笑しながらも受け止める美希。
うう、美希ちゃんも優しいにゃあ。でも――
「そろそろ、席に戻ったほうがいいんじゃない?」
慎司が皆に告げたと同時に、ドアががらがらと音をたてた。
「出席とるぞー」
あ、遅かったや。
慎司は先生へ目を向ける。だがそこに、先生はいなかった。先ほどの発言も、先生のものではなかったのだ。慎司の思い込みだったのである。
先生ではなくクラスメイトの"
「どうしたの?」
「先生は急用ができた。少し遅れる、とのことだ」
友人なので、慎司は遠慮無く質問を投げかけた。雪人は事務的に返答し、ホームルームを進行させる。
慎司は目をぱちくりとさせた。
○ ○ ○
その劇的な出会いは早朝のことだった。突然、彼が胸の中へ飛び込んできたのだ。
神姫は語る。彼女はその能力の高さ故、反射的に衝撃を受け止めた。そして慎司の口付けを受けることとなった。彼女が口付けを受けた箇所は唇ではなく胸(服越し)。口付けといっても、不可抗力であるのは明白で、慎司がぽーんと弾き飛ばされたために一瞬の出来事でしかなかった。
しかしその瞬間、神姫は雷のようなものに撃たれ足先まで硬直してしまった。次にこれでもかというほど脱力し、弓なりのままへたり込んでしまう。
神姫は、雷のようなものの正体が快楽であると見い出し愕然とした。確かに胸は性感帯とされている。彼女にとっても、それは変わらない。だが、彼女が強烈な快楽を受けたと断言しようにも、状況との齟齬が生じる。性感帯への口付けは彼女が発情している時に行われたのではなく、しかも性感帯は服に包まれていた――服はシャツとブレザーという二重構造である――唇がほんの少し触れた程度のこの口付けは、服のせいもあって、彼女には感触すら伝わっていないはずなのだ。
「だから探し当ててほしい、と?」
以上のような事を神姫に説明され、対面の位置にいる女教師が神姫が最初に言った台詞を繋げた。
神姫は頷いて、少し補足をする。
「私が本気出したらすぐだったんだけど、それだとあなたが迷惑がると思って」
「頼ってくれて正解よ。
「折角頼ったのだから、私の機嫌を損ねない速度で発見してくれよ。これから容姿の説明をするから」
神姫は目を瞑り、数秒経ってから目を開けた。
「彼は、髪を両側に一つずつ括っている」
「ツインテールなの?」
「いや、少しだけだよ。ツイーンテールというほどではない。他は普通に下ろしている。セミショートといった具合か」
それ本当に男の子なの、という言葉に神姫は深く頷いた。
「チビっ子ながら、脚がしなやかに細くてセクシーな感じだ。でも童顔でね、声変わりしていない声と合わさってもの凄く可愛いんだよ。でもその可愛らしさは、男らしいがさつさに吹き飛ばされてしまっていてね。あ、でも勿体無いと思う必要は無いんだ。あどけなさというか、場を和ませる力のようなものが満ち溢れて、もっと素晴らしくなっていて――」
「ちょ、ちょっと、本当に男の子なの? おてんぱか、奇抜な娘にしか思えないけど」
「スカートも似合うだろうね。きめ細かな肌や、丸みを帯びたお尻が、とてもそそるだろう」
神姫はじゅるりとゆだれを飲み込んだ。
そして、運命の再会は本日中に行われた
○ ○ ○
「大規模な集会ですね」
「そうだね」
授業が急遽変更され、全校生徒が体育館に集められた。
クラスは、名簿順の横一列に並ばされた。慎司と優は隣同士だった。
慎司が目を凝らす先で、四十名を超える生徒会会員がずらっと並んでいる。
「どうやら僕らは、検問の順番待ちをしているみたいだよ。何か良くない事が起きたのかな」
「まあ、慎司さんはすぐに解放されるでしょう。僕は身に覚えがありすぎますが」
優がメガネをくいと持ち上げた。
彼が<ruby>大人しくなった<rt>メガネをかけるようになった</rt></ruby>の、は一年以上前のことだ。そのことのお咎めにしては今さらすぎるし、まずこんな物量作戦と繋がりが無い。
慎司は苦笑しながら言った。
「僕に濡れ衣がかかっても、暴れ出さないようにね。優が注目されたんじゃ、どっちみち駄目なんだから」
「……」
え、何で無言なの。
慎司は渇いた笑みを浮かべた。
テキパキとした処理速度のおかげで、慎司たちは後半クラスなのだが早くも順番が回ってきた。
「すみませんが、生徒会室までお越しいただいてもよろしいでしょうか」
「へ?」
対面した直後に慎司が生徒会会員から言い渡された台詞。言い換えるなら、あなたは要注意人物なのでもうしばらく尋問させていただきますよという事。
え、まだ何も訊かれてないよ。
呼び出された屈強な巨漢に囲まれ、慎司は不条理に思った。
その気持ちを共有する者が、隣にいた。
「にゃ?」
その者は、ゆるりとだが素早く、メガネをはずす。そして慎司の手を引き、自らの背の後ろへ隠した。
「――
その者は今さら、先ほどの問いかけに答える。
「俺、暴れるから」
優、凶暴化スイッチがオンされちゃったんだなぁ。
優の冷め切った声のトーンから、優がどんな心境でいるのかを慎司は察する。
対し、生徒会会員らは少し戸惑った。慎司を庇い立てする何者かが現れたと認識するよりはやく、優の挑発的な目つきに気分を害した。そして、反射的に睨み返してしまった。
いうなれば、今の優は最新鋭の防衛システム。敵意を察知すれば、攻撃を以ってその異分子を退治する。
だが、一つの戦闘不能が生まれると同時に、敵意が増大した。
防衛戦はまだまだ始まったばかり。
攻撃後硬直からゆるりと直立へ。優は、悪い顔で笑った。
○ ○ ○
「何がどうなっているんですか?」
鼻が触れそうな至近距離で、美希が慎司に問う。
彼らの一団は、雪人と美希と彩乃を迎え入れ、二人から五人へと増強された。
三人は検問が終わると教室まで誘導されてしまったため、慎司を待てなかった。仕方なくもう一度体育館へ戻ってみると、なぜかわからないが優が無双していたので、三人は訳もわからぬまま加勢した――と、経緯は大体このような感じである。
慎司は両手を広げ、にっこりと笑った。
「ルールは簡単だにゃあ。立ち塞がる敵から、護衛対象を守り切れば勝利かもしれない。護衛対象は誰なんだろうね、さっきから優に首根っこを引っ掴まれている僕のことだとは思いたくない」
「慎司ですね」
「慎司だねぇ」
「慎司だな」
美希、彩乃、雪人に断言され、慎司はしょぼんと縮み込んだ。無言のまま警戒を続ける優。
五人がいるのは右棟三階隅に位置する第二視聴覚室。
検問を終えた生徒達は教室にもどされ授業が再開される、ということは各教室には教師が滞在している。それは厄介だと、特別教室を狙って潜伏した。話し合いをしにいこうという慎司の意見は却下された。
張り巡らされた優の意識の糸を、微かに揺らす気配があった。雪人も察知したのか、教室の隅にかためて置いてある竹刀の一つを拝借し前衛へ。
ドアが僅かに開く。二秒もかからずして全開されるだろうが、雪人はその微小な間隙へ斬撃を滑り込ませる。
野太い呻き声がした後、ドサッという物音が響く。
「ああ、五人目の死者が……」
「やぁ、死んでないから。だいじょうぶだよ」
慎司が嘆くので、彩乃は彼の頭をなでなでした。
死体(嘘)を隣の教室へ隠すのは、美希の役目である。程無くして五人は集結し、戦闘態勢を解く。
「これからどうする? このまま立て篭もっていても、駄目だろう。慎司の言う通り、話し合いで勝利するしかないと思うのだが」
雪人の問いかけに、慎司が嬉しそうな声をあげた。
対し、優が呟く。
「
「や、ルビ振って読み方同じにしても駄目だからね? 全然意味が違うんだからね? に、にゃあ!」
「私も賛成です。どんな目的かはわかりませんが、生徒会を動かしているのは生徒会長に違いありません。そうと決まれば、すぐにでも敵将と
「ちょ、おまっ……美希ちゃんがダークモード入った! まだ一話目なのに!」
悪い顔で笑い合う美希と慎司。雪人が肩を竦め、慎司が目を真ん丸く口をおにぎりみたいに三角にし、彩乃が満面の笑みで慎司にぎゅうっと抱きついて胸を擦り付ける。
○ ○ ○
篭城戦のようなもの。故に対抗策もその代用で務まる。立て篭もる五人の行動範囲をじょじょに狭めていくように、総員は連携をとって取り組む。
定時連絡を行わない、もしくは行えない会員をピックアップし、敵の位置特定と行動予測を急ぐ。
だがすべて水の泡に終わった。連携をとる必要がなくなったという意味で。それどころか、総員退却しなければならない。
彼女はそれだけ強大である。
「【神帝】様だと……。あのお方が参戦なさるだなんて訊いてないぞ!?」
「いや、あのお方が宣告してから来られた事など、まず無い。兎に角、逃げるぞ。校舎が倒潰しないことを祈るくらいしか、俺たちにはできねぇ」
最上級生を押し退けて生徒会長に就任した二年生、通り名を【神帝】という。彼女が頂点に立ったその日から、在校生の半数が生徒会会員となった。そのうち半数は性格が豹変、または「【神帝】様バンザーイ!」としか言わなくなったのだという。
「【神帝】……自ら動くとのことで、世の強者たちが抵抗する間もなく散っていったという……あの噂は、本当なのだろうか」
「や、なんだよそれ。どう考えてもデマだろ。妙にエロいし」
「だってあの見た目、相当エロいじゃん。Hカップだなきっと。それに、あの腰は、男を知る腰だ。俺の目に狂いはない」
「そういうこというなよ。純潔に決まってんだろ馬鹿。俺が奪うんだから」
「悪いな、俺が先約してんだ。神様と相談して決めたんだぜ」
「そんな話をした覚えはない!」
生徒会長【神帝】仙童神姫は歓喜する心を隠し通すことができなくなり、クスリと笑った。
そして風を受けながら、囁く。誰にも聞こえないような音量で。
「私、この戦いが終わったら……告白、するんだ」
○ ○ ○
この出会いを僥倖ととるか、不運だと嘆くか。
大きなカバンを抱える雪人は、少し頭痛を感じた。
その場は、異常なくらいに人気の無い廊下。その場で、異常なほどに強烈な殺気と殺気がぶつかり合う。学校内の出来事としてはそぐわない。だが、仕方が無いだろう。殺気の片方には、拳で話し合うつもりの者が二人ほどいるのだから。
相対する方は、たった一人だ。
単純に人数差だけ見れば、こちらに分があるが……。
たった一人の剣豪は、たかだか数人の凡人に屈するのが常。だがそんな常識がこの相手に通じるのか、雪人にはわからなかった。
「三人か。いや、四人と言ったほうがいいか?」
神姫の目が雪人のカバンへ向く。雪人は答えず、慎重に右へ動く。神姫の目から逃れるように。傍のドアから離れるように。
同時に、狼が駆けた。
「なぜ慎司を狙う」
風すら纏う竹刀による斬撃。対する神姫は軽々と手のひらで受け止め、もう片手で乱れる髪を押さえる。
鍔迫り合いとなった。優の全力と、構えただけの神姫の片手とが釣り合うからだ。
「答えなさい」
だが別の方向から、チェックの宣告があがる。
音をたてずに神姫の背後へ忍び寄った女豹。
「悪いが」
雪人が神姫へ言い放つ。
「慎司は、俺達にとってとても大事な人だ。奪うというなら、死守させてもらう」
「――よろしい、ならば戦争だ」
次の瞬間、美希と優は弾き飛ばされた。可視を許さない神速業、まさに神業である。
続いて神姫は雪人へ手を伸ばす。
雪人は、目を細めた。
○ ○ ○
校舎の一角で、爆発が起きた。
だが火薬は使用されていない。強烈な衝撃波が吹き荒れたために、火薬を用いたのと同等の破壊効果が生まれたのだ。
「手榴弾に勝るとも劣らないな。それを平然と放つ君の身体は、鋼でできているのかい?」
爆発の煙から飛び出し、屋根に乗った神姫の呟き。
それに応じるように、煙から神姫へ飛来する一つの長槍。
神姫は後ろへ跳んだ。
神姫は軽くかがんだ。ぎりぎり上を、彼の脚撃は掠めた。
神姫の着地、雪人の着地。地点はとても近い。二人の位置関係は、キスをするような至近距離の対峙である。
着地の勢いを殺す間に、二人はピッタリと視線を合わせる。四つの瞳は、どれもが敵意を感じさせない。
神姫が鼻で笑って、超絶戦闘は再開した。
逃げる者と追う者、追撃は寸でのところで届かない。
追う者の焦りが募る。だが見た目ではわからない。雪人という人物は、限界であればあるほど研ぎ澄まされる刃であるのだ。
「終わりだ」
逃げる者は、屋根の端に達してしまった。追う者が振りかぶる。
逃げ場はない。そしてこの距離ならば、攻撃は必殺の間合いと呼ぶに相応しい。たとえ回避行動をとってもどこかに当たるのは明白だ。
しかし、その雪人の考えは絶対ではない。固定観念が存在しているからだ。常識から脱すれば、まだ策はあってしまう。その策は今まさに実践される。
逃げる者は飛びずさった。下方に遠い足場へ向かって。重力加速度を受け、危険なレベルの高速と化して。
四階建ての校舎から落ちた結果、負傷は無し――神姫は平然と雪人へ笑いかけた。
おまえじゃここへは来れないよ、という挑発である。
雪人は不敵な笑みを浮かべた。
舐めるなよ。
無造作に、雪人は足元のコンクリを破砕した。破片が幾つも飛び散る。
直後、足場を踏みしめる雪人の右足が突如発火した。
その正体は速すぎる脚撃である。それは、直前と直後の可視しか許さなかった。、また、大気との摩擦が一定の域を超えたために、炎が灯ってしまった。
飛び散る破片の中で最も大きな物が、炎弾と化して空駆ける。
神姫の瞳が、驚きで見開かれた。
その一瞬の硬直へ飛来する、液体化したコンクリの塊。炎が大気に冷却されて固体化、神姫の身体を捕縛するように枷が出来上がる。
満を持して、雪人は跳躍した。
神姫に向かって描かれる弧。
対し、硬直から脱した神姫。雪人の行動に感心するように目を細め、彼女は跳んだ。落下の軌跡を変えるなど人間には不可能、現状の雪人は神姫にとって絶好の的である。
「――終わりだと言っただろう」
雪人は迎撃を行った。
落下と同じように、空中のものであるなら上昇の軌跡も変更不可能。現状の神姫は雪人にとって絶好の的であるのだ。
しかし回避だけが策ではない。神姫は雪人の拳を、枷のない脚の片方で甘んじて受け止めた。
それは愚策であった。暴力を生身で受けることの対価は相当なものであった。
雪人の攻撃に衝撃を受け、神姫の軌跡は真逆へと方向転換させられた。
雪人に連撃できぬ理由などない。
再び灼熱する彼の脚。
それが振り落とされたのは、神姫の身体が地面に落ちるのとほぼ同時だった。
先ほどまでと比べ物にならない規模のクレーターが、跡に残る。
着地した雪人は、違和感を抱いた。直前に感じた、背中を踏まれたような感触を頼りに雪人は振り向く。
「少し本気を出してしまったよ。四条雪人、君の重い一撃の数々には賞賛が尽きない」
神姫がいた。飛び降りたはずの、屋上に。
「本気を出したときに、君の名前以外にも、ついでに察した事がある……慎司の居場所だ。君のそのカバン、囮だね?」
そこから声をあげ、最後にピシッと親指を立てた彼女は、雪人の見える範囲から脱した。
中身が空っぽのカバンを捨て、雪人はすぐさま神姫を追おうとする。
訊きたい事がある。
だがその歩みは、一歩目で途切れた。
クレーターごと雪人を囲む、神姫の手の者ども。
待ち伏せである。ということは、雪人がここへ来ることを予め知っていたのだろう。このような芸当ができる者は、先ほど去ってしまった。
雪人は憤りを露にした。
○ ○ ○
神姫は舞い戻ってきた。
両脚で着地すると同時にきょろきょろと辺りを見回した彼女は、ピタッとある方向へ狙いを定めた。彼女の左右を、左側を"窓側" 右側を"教室側"と安直に説明するなら、彼女の視線は"教室側"に向いている。
おもむろに神姫は片手を掲げた。
直後、風が吹き荒れる。
否、その程度で済んだのは"大多数が"であり"総てが"ではない。ある一方向のみ、比べ物にならない風力によっておぞましい惨状と化した。
運悪くもその一方向に存在していた"教室側"の壁は、まるでロケット弾を打ち込まれたかのように崩壊を期した。
神姫の仕草が何かの引き金であったのは間違いないが、吹いたのは風だけである。ならばこの惨状は風の仕業であるというのか。ロケット弾並の威力を孕む風の魔弾を、生身の人間が仕草一つで発砲できるというのか。そんな事、どこの人間なら信じられるのか。
無くなった壁のその向こうに、慎司と彩乃がいた。
神姫はクスリと笑い、ゆるやかな一歩を連ねてそちらへ赴く。
だが、邪魔をする者がいた。
狼と女豹の牙が、不意を突くように迅速に神姫へ駆ける。だが遅いようだ。神姫は双方ともに受け止めた。
神姫が少し力をこめると、二人は抵抗すら許されずに吹っ飛ばされた。鍔迫り合いはあった。だがそれは、コマ送りにしなければ認識できない程であったのだ。
神姫の歩みは、特にテンポを乱すことなく続行する。
だが二度目は速かった。こちらはこちらで、冗談にも程があった。突き飛ばされた直後に反撃を行えるだなんて、そんな状況、如何なる教本にも書かれてはない。
優と美希が二方向から攻め、さらに天井を突き破って参上する雪人と彩乃によって神姫の喉元が狙われる。
その結果、四人合わせて、やっと神姫の歩みを止める檻が出来上がった。四人が必死であるのに、神姫は飄々としていた。
――否、感動で瞳を揺らせていた。
瞳の揺れには、戸惑いの色も混じっていた。彼女ほどの強敵が、なぜこれほどの弱みを露にしてしまうのか。
「えっ……あ、あの」
その原因は、慎司であった。
「朝にぶつかった人、だよね。あの時は、その、すみませんでした。謝罪が適等になっちゃって」
「い、いや、そのことは気にしなくていい。君は、怪我、しなかった、かな……?」
「う、うん。大丈夫。ご心配、おかけしました……」
「ど、どういたしまして……」
神姫の"アガり"様は半端なものではなかった。
慎司は頬をポリポリ掻いて、視線を逸らす。
こっちまで緊張してしまう。
「じ、実は、もう一度、今度はゆっくり話しがしたくて、会いに来たんだ」
「え?」
ど、どういう事なの。
一瞬何を言われたのかわからず、慎司は「にゃー」と鳴く。
呆然としている彼へ、神姫は再び口を開いた。
「好きになってしまったんだ」
期待で瞳を潤ませて、神姫は細々と微笑んだ。慎司はそれを真っ直ぐ見て、魔法にかかった。
慎司の目は神姫の艶かしい唇に向かっていた。視線を、意識を、欲望を、止められなかった。
妄執がせりあがってきて、慎司はそれのみに突き動かされた。
慎司は神姫へ歩み寄ると、彼女の頬に手を添え、愛おしげに一瞥し、顔を極限まで近づけた。否、極限ではなく限界突破か、ある意味では。
1割より小さい、1分より小さい、1厘より小さい、1毛と呼ぶ程度の割合の冷静さ、所謂理性が呆然と間延びした鳴き声を発する。