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~今にも終わりそうな小説掲載サイト~
Author:水瀬愁

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 香り芳しいブラックコーヒーに、自家製ドレッシングで彩られたトマトやキュウリなどのサラダ。サラダの皿には、ハムも数枚載せられている。
 ほかには、コンソメスープがある。これも良い香りがする。
 だが彼は、これらすべてに背を向け、パンにハムを挟み込むとすぐに食卓から離れた。まだパンに口をつけていないのに、リビングダイニングキッチンを出ようとする。
「待って」
 甘い声が、彼を制した。ちょうど、ドアに触れたところだった。
 振り返る彼の頬に、ちゅっと口付けするのは彼の母である。
 その拍子に、はち切れんばかりの胸が彼の胸板に擦り付けられる。
「ごめんなさいね。明日からはもうちょっと抑えるから」
 彼の起床は早かったが、母がベッドに転がり込んできたために遅刻ギリギリのこのような時間になってしまった。
 責任を感じているのだろう、母は少しショボンとした様子だった。
「行ってきます」
 その様子を察して、彼は母の手を取って、にっこりと笑みを振り撒いた。


 そして家を飛び出した彼は、呼吸の邪魔にならぬ程度にパンを貪りつつ学校へ走る。
 まだ堅い制服。けどもう二ヶ月も通ったのだから、そろそろ着こなせているように見えるかなと思う。
「わ!」
「ッ――」
 しばらくして、彼は登校路の途中にある十字路へ差し掛かった。
 彼は速度を緩めずに駆けていた。パンを食べ終えたので最初より速い。彼のスポーツテストの成績と比べれば、今の速度が全力の八割方だと解る。その速度で、彼は脇からひょっこりと姿を現した女性にぶつかった。
 彼が心身ともにヒヨコのように幼かったので、女性が突き飛ばされるかわりに彼が尻餅をついた。
 だが次の瞬間、おかしな事が起きた。女性がストンと膝から崩れ落ちたのだ。
「す、すみません。大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
 痛がるよりはやく立ち上がり、彼はすぐさま女性へ駆け寄る。
 人が、それなりにはやい速度でぶつかったのだ。身長の差から考えるに、彼はこの女性のお腹から下にドンとぶつかってしまったと解る。
 どこか故障しているところがあって、ぶつかった衝撃でそこを傷つけてしまったのかもしれない、と彼は思った。
 心底不安がる彼に、女性は絞り出すような声で応える。
「大丈夫……」
 強がりだと思い、彼は女性に肩を貸して近くの病院へ行こうと決める。
 そしてメンタルマップを想像しつつ彼は女性に手を伸ばす。だが女性はそれを制した。
「本当に大丈夫だよ」
 言葉通り、女性はスッと立ち上がった。足取りは力強い。
 彼は驚いて目を丸くしてしまうが、冷静に考えた。
 吹っ飛んだ方は自分だ。
 少しおかしく思うこともあったが、彼はふと恐怖を取り戻した。遅刻という恐怖は、呆然と考え事に耽るこの間にも距離を詰めてきている。
「そ、そうですか。それは何よりです! では僕は退散させていただきます、メロスが待っているんです!」
 彼は思考を切り替えた。いや、切り替えが上手くいかずにズレた事まで口走ってしまった。メロスは走る側である。
 彼の暴走は続く。女性の返答も聞かず、本気率十割の全力疾走で学校へ向かう。
 女性の目から、彼の姿はすぐに消えた。
 女性はうっと唸ると、腰に手を当てて眉間に皺を寄せる。何かが押し寄せてきていて、女性はそれに必死に対抗しているようだった。
 いうなれば自己嫌悪、叱責と後悔が衝突する脳内反省会バージョンネガティブ。
「名前、聞き忘れた……」
 女性は目をつむり、彼を思い出す。
 すぐに目を開いたが、彼が尻餅をついたところを名残惜しげに見つめてしばらく微動だにしない。
 完全に遅刻だな。
 次に動き出した時、女性、仙童神姫せんどうブリュンヒルデは特に戦慄くこともなく冷静に、彼、三波慎司みなみしんじの駆け去った後を追うように歩き出した。


 ホームルーム開始を知らせるチャイムの、最後の一音が残響を終える。
 ぜぇぜぇと息を切らせ、机に突っ伏す慎司。おーよしよしと慎司の髪に頬擦りするのは、クラスメイト、友人"姫乃彩乃ひめのあやの"
 バストはEカップだろう。感触的に。お腰周りにも、所謂桃尻というやつ。セクシーに成長なさった彼女だが、これでまだ高校一年なのだ。チートすぎると思う。恋愛などの青春経験を経るのだから、これからが成長期。今後どのような妖花として開花するのか、すごく楽しみである。まる。
 少し下品な事まで考えてしまった慎司だが、それも仕方ない。彩乃はその人柄を『シモ』と一言で表現しても語弊が無いような人だ。本人も自覚し、あえて前面に押し出しているのだから、慎司の評価は失礼にあたらない。だが慎司は、不健全な考えをしてしまったのは自分が彩乃に影響されてしまったからではと僅かに危惧した。
 そして我に返ったとき、彩乃の愛撫が巨乳を用いた手法へと移行していることに遅まきながら気づき、慎司は海で溺れた子供のような抵抗をはじめる。
「だから、母みたいな路線はやめておけ。彼が限界に達する」
 あやのの首根っこを掴みひょいと持ち上げ、様子を窺うように子供しんじの顔を覗きこむライフセーバー、否、クラスメイトで友人の"夜夜優ややゆう"。
 うう、名前どおり優しいお人だにゃあ。
「大丈夫ですか、慎司さん」
 お礼を言おうと口を開いた慎司だが、優に割り込まれうぐっと言葉を飲み込む。
 優は、唯一、さん付けで敬意を示してくれる同性の友人である。ああ、メガネ越しに見える瞳がとってもとっても優しいよぉ。
 慎司はすこし心酔してしまう。
「この季節ですと、彩乃さんのらぶあたっくも逆効果かもしれませんね」
「美希ちゃん」
 クラスメイトかつ友人、"風祭美希かざまみき"までもが慎司の下へ集う。
 彩乃のような魅惑的さは無いけれど、自分と同じくらい小柄だから親近感が湧く。最初は、あのキツい目つきで射殺されるとヒヤヒヤしたけど……。
「がーん。彩乃のムチムチぼでーは罪作りなのね。うう、美希ちゃん、今晩は私を慰めてぇ~」
 優の捕縛から逃れ、彩乃は美希に頬擦りする。苦笑しながらも受け止める美希。
 うう、美希ちゃんも優しいにゃあ。でも――
「そろそろ、席に戻ったほうがいいんじゃない?」
 慎司が皆に告げたと同時に、ドアががらがらと音をたてた。
「出席とるぞー」
 あ、遅かったや。
 慎司は先生へ目を向ける。だがそこに、先生はいなかった。先ほどの発言も、先生のものではなかったのだ。慎司の思い込みだったのである。
 先生ではなくクラスメイトの"四条雪人しじょうゆきと"が出席簿を片手に教卓へ。
「どうしたの?」
「先生は急用ができた。少し遅れる、とのことだ」
 友人なので、慎司は遠慮無く質問を投げかけた。雪人は事務的に返答し、ホームルームを進行させる。
 慎司は目をぱちくりとさせた。


      ○  ○  ○


 その劇的な出会いは早朝のことだった。突然、彼が胸の中へ飛び込んできたのだ。
 神姫は語る。彼女はその能力の高さ故、反射的に衝撃を受け止めた。そして慎司の口付けを受けることとなった。彼女が口付けを受けた箇所は唇ではなく胸(服越し)。口付けといっても、不可抗力であるのは明白で、慎司がぽーんと弾き飛ばされたために一瞬の出来事でしかなかった。
 しかしその瞬間、神姫は雷のようなものに撃たれ足先まで硬直してしまった。次にこれでもかというほど脱力し、弓なりのままへたり込んでしまう。
 神姫は、雷のようなものの正体が快楽であると見い出し愕然とした。確かに胸は性感帯とされている。彼女にとっても、それは変わらない。だが、彼女が強烈な快楽を受けたと断言しようにも、状況との齟齬が生じる。性感帯への口付けは彼女が発情している時に行われたのではなく、しかも性感帯は服に包まれていた――服はシャツとブレザーという二重構造である――唇がほんの少し触れた程度のこの口付けは、服のせいもあって、彼女には感触すら伝わっていないはずなのだ。
「だから探し当ててほしい、と?」
 以上のような事を神姫に説明され、対面の位置にいる女教師が神姫が最初に言った台詞を繋げた。
 神姫は頷いて、少し補足をする。
「私が本気出したらすぐだったんだけど、それだとあなたが迷惑がると思って」
「頼ってくれて正解よ。神姫ヒルデが本気を出したらどれだけ損害が出るか……」
「折角頼ったのだから、私の機嫌を損ねない速度で発見してくれよ。これから容姿の説明をするから」
 神姫は目を瞑り、数秒経ってから目を開けた。
「彼は、髪を両側に一つずつ括っている」
「ツインテールなの?」
「いや、少しだけだよ。ツイーンテールというほどではない。他は普通に下ろしている。セミショートといった具合か」
 それ本当に男の子なの、という言葉に神姫は深く頷いた。
「チビっ子ながら、脚がしなやかに細くてセクシーな感じだ。でも童顔でね、声変わりしていない声と合わさってもの凄く可愛いんだよ。でもその可愛らしさは、男らしいがさつさに吹き飛ばされてしまっていてね。あ、でも勿体無いと思う必要は無いんだ。あどけなさというか、場を和ませる力のようなものが満ち溢れて、もっと素晴らしくなっていて――」
「ちょ、ちょっと、本当に男の子なの? おてんぱか、奇抜な娘にしか思えないけど」
「スカートも似合うだろうね。きめ細かな肌や、丸みを帯びたお尻が、とてもそそるだろう」
 神姫はじゅるりとゆだれを飲み込んだ。

 そして、運命の再会は本日中に行われた


      ○  ○  ○


「大規模な集会ですね」
「そうだね」
 授業が急遽変更され、全校生徒が体育館に集められた。
 クラスは、名簿順の横一列に並ばされた。慎司と優は隣同士だった。
 慎司が目を凝らす先で、四十名を超える生徒会会員がずらっと並んでいる。
「どうやら僕らは、検問の順番待ちをしているみたいだよ。何か良くない事が起きたのかな」
「まあ、慎司さんはすぐに解放されるでしょう。僕は身に覚えがありすぎますが」
 優がメガネをくいと持ち上げた。
 彼が<ruby>大人しくなった<rt>メガネをかけるようになった</rt></ruby>の、は一年以上前のことだ。そのことのお咎めにしては今さらすぎるし、まずこんな物量作戦と繋がりが無い。
 慎司は苦笑しながら言った。
「僕に濡れ衣がかかっても、暴れ出さないようにね。優が注目されたんじゃ、どっちみち駄目なんだから」
「……」
 え、何で無言なの。
 慎司は渇いた笑みを浮かべた。
 テキパキとした処理速度のおかげで、慎司たちは後半クラスなのだが早くも順番が回ってきた。
「すみませんが、生徒会室までお越しいただいてもよろしいでしょうか」
「へ?」
 対面した直後に慎司が生徒会会員から言い渡された台詞。言い換えるなら、あなたは要注意人物なのでもうしばらく尋問させていただきますよという事。
 え、まだ何も訊かれてないよ。
 呼び出された屈強な巨漢に囲まれ、慎司は不条理に思った。
 その気持ちを共有する者が、隣にいた。
「にゃ?」
 その者は、ゆるりとだが素早く、メガネをはずす。そして慎司の手を引き、自らの背の後ろへ隠した。
「――ワリぃ」
 その者は今さら、先ほどの問いかけに答える。
「俺、暴れるから」
 優、凶暴化スイッチがオンされちゃったんだなぁ。
 優の冷め切った声のトーンから、優がどんな心境でいるのかを慎司は察する。
 対し、生徒会会員らは少し戸惑った。慎司を庇い立てする何者かが現れたと認識するよりはやく、優の挑発的な目つきに気分を害した。そして、反射的に睨み返してしまった。
 いうなれば、今の優は最新鋭の防衛システム。敵意を察知すれば、攻撃を以ってその異分子を退治する。
 だが、一つの戦闘不能が生まれると同時に、敵意が増大した。
 防衛戦はまだまだ始まったばかり。
 攻撃後硬直からゆるりと直立へ。優は、悪い顔で笑った。


      ○  ○  ○


「何がどうなっているんですか?」
 鼻が触れそうな至近距離で、美希が慎司に問う。
 彼らの一団は、雪人と美希と彩乃を迎え入れ、二人から五人へと増強された。
 三人は検問が終わると教室まで誘導されてしまったため、慎司を待てなかった。仕方なくもう一度体育館へ戻ってみると、なぜかわからないが優が無双していたので、三人は訳もわからぬまま加勢した――と、経緯は大体このような感じである。
 慎司は両手を広げ、にっこりと笑った。
「ルールは簡単だにゃあ。立ち塞がる敵から、護衛対象を守り切れば勝利かもしれない。護衛対象は誰なんだろうね、さっきから優に首根っこを引っ掴まれている僕のことだとは思いたくない」
「慎司ですね」
「慎司だねぇ」
「慎司だな」
 美希、彩乃、雪人に断言され、慎司はしょぼんと縮み込んだ。無言のまま警戒を続ける優。
 五人がいるのは右棟三階隅に位置する第二視聴覚室。
 検問を終えた生徒達は教室にもどされ授業が再開される、ということは各教室には教師が滞在している。それは厄介だと、特別教室を狙って潜伏した。話し合いをしにいこうという慎司の意見は却下された。
 張り巡らされた優の意識の糸を、微かに揺らす気配があった。雪人も察知したのか、教室の隅にかためて置いてある竹刀の一つを拝借し前衛へ。
 ドアが僅かに開く。二秒もかからずして全開されるだろうが、雪人はその微小な間隙へ斬撃を滑り込ませる。
 野太い呻き声がした後、ドサッという物音が響く。
「ああ、五人目の死者が……」
「やぁ、死んでないから。だいじょうぶだよ」
 慎司が嘆くので、彩乃は彼の頭をなでなでした。
 死体(嘘)を隣の教室へ隠すのは、美希の役目である。程無くして五人は集結し、戦闘態勢を解く。
「これからどうする? このまま立て篭もっていても、駄目だろう。慎司の言う通り、話し合いで勝利するしかないと思うのだが」
 雪人の問いかけに、慎司が嬉しそうな声をあげた。
 対し、優が呟く。
喧嘩はなしあいか……」
「や、ルビ振って読み方同じにしても駄目だからね? 全然意味が違うんだからね? に、にゃあ!」
「私も賛成です。どんな目的かはわかりませんが、生徒会を動かしているのは生徒会長に違いありません。そうと決まれば、すぐにでも敵将とはないましょう」
「ちょ、おまっ……美希ちゃんがダークモード入った! まだ一話目なのに!」
 悪い顔で笑い合う美希と慎司。雪人が肩を竦め、慎司が目を真ん丸く口をおにぎりみたいに三角にし、彩乃が満面の笑みで慎司にぎゅうっと抱きついて胸を擦り付ける。


      ○  ○  ○


 篭城戦のようなもの。故に対抗策もその代用で務まる。立て篭もる五人の行動範囲をじょじょに狭めていくように、総員は連携をとって取り組む。
 定時連絡を行わない、もしくは行えない会員をピックアップし、敵の位置特定と行動予測を急ぐ。
 だがすべて水の泡に終わった。連携をとる必要がなくなったという意味で。それどころか、総員退却しなければならない。
 彼女はそれだけ強大である。
「【神帝】様だと……。あのお方が参戦なさるだなんて訊いてないぞ!?」
「いや、あのお方が宣告してから来られた事など、まず無い。兎に角、逃げるぞ。校舎が倒潰しないことを祈るくらいしか、俺たちにはできねぇ」
 最上級生を押し退けて生徒会長に就任した二年生、通り名を【神帝】という。彼女が頂点に立ったその日から、在校生の半数が生徒会会員となった。そのうち半数は性格が豹変、または「【神帝】様バンザーイ!」としか言わなくなったのだという。
「【神帝】……自ら動くとのことで、世の強者たちが抵抗する間もなく散っていったという……あの噂は、本当なのだろうか」
「や、なんだよそれ。どう考えてもデマだろ。妙にエロいし」
「だってあの見た目、相当エロいじゃん。Hカップだなきっと。それに、あの腰は、男を知る腰だ。俺の目に狂いはない」
「そういうこというなよ。純潔に決まってんだろ馬鹿。俺が奪うんだから」
「悪いな、俺が先約してんだ。神様と相談して決めたんだぜ」
「そんな話をした覚えはない!」
 生徒会長【神帝】仙童神姫は歓喜する心を隠し通すことができなくなり、クスリと笑った。
 そして風を受けながら、囁く。誰にも聞こえないような音量で。
「私、この戦いが終わったら……告白、するんだ」


      ○  ○  ○


 この出会いを僥倖ととるか、不運だと嘆くか。
 大きなカバンを抱える雪人は、少し頭痛を感じた。
 その場は、異常なくらいに人気の無い廊下。その場で、異常なほどに強烈な殺気と殺気がぶつかり合う。学校内の出来事としてはそぐわない。だが、仕方が無いだろう。殺気の片方には、拳で話し合うつもりの者が二人ほどいるのだから。
 相対する方は、たった一人だ。
 単純に人数差だけ見れば、こちらに分があるが……。
 たった一人の剣豪は、たかだか数人の凡人に屈するのが常。だがそんな常識がこの相手に通じるのか、雪人にはわからなかった。
「三人か。いや、四人と言ったほうがいいか?」
 神姫の目が雪人のカバンへ向く。雪人は答えず、慎重に右へ動く。神姫の目から逃れるように。傍のドアから離れるように。
 同時に、狼が駆けた。
「なぜ慎司を狙う」
 風すら纏う竹刀による斬撃。対する神姫は軽々と手のひらで受け止め、もう片手で乱れる髪を押さえる。
 鍔迫り合いとなった。優の全力と、構えただけの神姫の片手とが釣り合うからだ。
「答えなさい」
 だが別の方向から、チェックの宣告があがる。
 音をたてずに神姫の背後へ忍び寄った女豹。
「悪いが」
 雪人が神姫へ言い放つ。
「慎司は、俺達にとってとても大事な人だ。奪うというなら、死守させてもらう」
「――よろしい、ならば戦争だ」
 次の瞬間、美希と優は弾き飛ばされた。可視を許さない神速業、まさに神業である。
 続いて神姫は雪人へ手を伸ばす。
 雪人は、目を細めた。


      ○  ○  ○


 校舎の一角で、爆発が起きた。
 だが火薬は使用されていない。強烈な衝撃波が吹き荒れたために、火薬を用いたのと同等の破壊効果が生まれたのだ。
「手榴弾に勝るとも劣らないな。それを平然と放つ君の身体は、鋼でできているのかい?」
 爆発の煙から飛び出し、屋根に乗った神姫の呟き。
 それに応じるように、煙から神姫へ飛来する一つの長槍。
 神姫は後ろへ跳んだ。やりが突き刺さり、屋根に小規模の爆発が起こる。コンクリであるので、突き破るとまではいかなくとも、クレーターはできた。
 跳躍バウンドで神姫に追いすがる彼は、回し蹴りを放つ。
 神姫は軽くかがんだ。ぎりぎり上を、彼の脚撃は掠めた。
 神姫の着地、雪人の着地。地点はとても近い。二人の位置関係は、キスをするような至近距離の対峙である。
 着地の勢いを殺す間に、二人はピッタリと視線を合わせる。四つの瞳は、どれもが敵意を感じさせない。
 神姫が鼻で笑って、超絶戦闘は再開した。
 逃げる者と追う者、追撃は寸でのところで届かない。
 追う者の焦りが募る。だが見た目ではわからない。雪人という人物は、限界であればあるほど研ぎ澄まされる刃であるのだ。
「終わりだ」
 逃げる者は、屋根の端に達してしまった。追う者が振りかぶる。
 逃げ場はない。そしてこの距離ならば、攻撃は必殺の間合いと呼ぶに相応しい。たとえ回避行動をとってもどこかに当たるのは明白だ。
 しかし、その雪人の考えは絶対ではない。固定観念が存在しているからだ。常識から脱すれば、まだ策はあってしまう。その策は今まさに実践される。
 逃げる者は飛びずさった。下方に遠い足場へ向かって。重力加速度を受け、危険なレベルの高速と化して。
 四階建ての校舎から落ちた結果、負傷は無し――神姫は平然と雪人へ笑いかけた。
 おまえじゃここへは来れないよ、という挑発である。
 雪人は不敵な笑みを浮かべた。
 舐めるなよ。
 無造作に、雪人は足元のコンクリを破砕した。破片が幾つも飛び散る。
 直後、足場を踏みしめる雪人の右足が突如発火した。
 その正体は速すぎる脚撃である。それは、直前と直後の可視しか許さなかった。、また、大気との摩擦が一定の域を超えたために、炎が灯ってしまった。
 飛び散る破片の中で最も大きな物が、炎弾と化して空駆ける。
 神姫の瞳が、驚きで見開かれた。
 その一瞬の硬直へ飛来する、液体化したコンクリの塊。炎が大気に冷却されて固体化、神姫の身体を捕縛するように枷が出来上がる。
 満を持して、雪人は跳躍した。
 神姫に向かって描かれる弧。
 対し、硬直から脱した神姫。雪人の行動に感心するように目を細め、彼女は跳んだ。落下の軌跡を変えるなど人間には不可能、現状の雪人は神姫にとって絶好の的である。
「――終わりだと言っただろう」
 雪人は迎撃を行った。
 落下と同じように、空中のものであるなら上昇の軌跡も変更不可能。現状の神姫は雪人にとって絶好の的であるのだ。
 しかし回避だけが策ではない。神姫は雪人の拳を、枷のない脚の片方で甘んじて受け止めた。
 それは愚策であった。暴力を生身で受けることの対価は相当なものであった。
 雪人の攻撃に衝撃を受け、神姫の軌跡は真逆へと方向転換させられた。
 雪人に連撃できぬ理由などない。
 再び灼熱する彼の脚。
 それが振り落とされたのは、神姫の身体が地面に落ちるのとほぼ同時だった。
 先ほどまでと比べ物にならない規模のクレーターが、跡に残る。
 着地した雪人は、違和感を抱いた。直前に感じた、背中を踏まれたような感触を頼りに雪人は振り向く。
「少し本気を出してしまったよ。四条雪人、君の重い一撃の数々には賞賛が尽きない」
 神姫がいた。飛び降りたはずの、屋上に。
「本気を出したときに、君の名前以外にも、ついでに察した事がある……慎司の居場所だ。君のそのカバン、囮だね?」
 そこから声をあげ、最後にピシッと親指を立てた彼女は、雪人の見える範囲から脱した。
 中身が空っぽのカバンを捨て、雪人はすぐさま神姫を追おうとする。
 訊きたい事がある。
 だがその歩みは、一歩目で途切れた。
 クレーターごと雪人を囲む、神姫の手の者ども。
 待ち伏せである。ということは、雪人がここへ来ることを予め知っていたのだろう。このような芸当ができる者は、先ほど去ってしまった。
 雪人は憤りを露にした。


      ○  ○  ○


 神姫は舞い戻ってきた。
 両脚で着地すると同時にきょろきょろと辺りを見回した彼女は、ピタッとある方向へ狙いを定めた。彼女の左右を、左側を"窓側" 右側を"教室側"と安直に説明するなら、彼女の視線は"教室側"に向いている。
 おもむろに神姫は片手を掲げた。
 直後、風が吹き荒れる。
 否、その程度で済んだのは"大多数が"であり"総てが"ではない。ある一方向のみ、比べ物にならない風力によっておぞましい惨状と化した。
 運悪くもその一方向に存在していた"教室側"の壁は、まるでロケット弾を打ち込まれたかのように崩壊を期した。
 神姫の仕草が何かの引き金であったのは間違いないが、吹いたのは風だけである。ならばこの惨状は風の仕業であるというのか。ロケット弾並の威力を孕む風の魔弾を、生身の人間が仕草一つで発砲できるというのか。そんな事、どこの人間なら信じられるのか。
 無くなった壁のその向こうに、慎司と彩乃がいた。
 神姫はクスリと笑い、ゆるやかな一歩を連ねてそちらへ赴く。
 だが、邪魔をする者がいた。
 狼と女豹の牙が、不意を突くように迅速に神姫へ駆ける。だが遅いようだ。神姫は双方ともに受け止めた。
 神姫が少し力をこめると、二人は抵抗すら許されずに吹っ飛ばされた。鍔迫り合いはあった。だがそれは、コマ送りにしなければ認識できない程であったのだ。
 神姫の歩みは、特にテンポを乱すことなく続行する。
 だが二度目は速かった。こちらはこちらで、冗談にも程があった。突き飛ばされた直後に反撃を行えるだなんて、そんな状況、如何なる教本にも書かれてはない。
 優と美希が二方向から攻め、さらに天井を突き破って参上する雪人と彩乃によって神姫の喉元が狙われる。
 その結果、四人合わせて、やっと神姫の歩みを止める檻が出来上がった。四人が必死であるのに、神姫は飄々としていた。
 ――否、感動で瞳を揺らせていた。
 瞳の揺れには、戸惑いの色も混じっていた。彼女ほどの強敵が、なぜこれほどの弱みを露にしてしまうのか。
「えっ……あ、あの」
 その原因は、慎司であった。
「朝にぶつかった人、だよね。あの時は、その、すみませんでした。謝罪が適等になっちゃって」
「い、いや、そのことは気にしなくていい。君は、怪我、しなかった、かな……?」
「う、うん。大丈夫。ご心配、おかけしました……」
「ど、どういたしまして……」
 神姫の"アガり"様は半端なものではなかった。
 慎司は頬をポリポリ掻いて、視線を逸らす。
 こっちまで緊張してしまう。
「じ、実は、もう一度、今度はゆっくり話しがしたくて、会いに来たんだ」
「え?」
 ど、どういう事なの。
 一瞬何を言われたのかわからず、慎司は「にゃー」と鳴く。
 呆然としている彼へ、神姫は再び口を開いた。
「好きになってしまったんだ」
 期待で瞳を潤ませて、神姫は細々と微笑んだ。慎司はそれを真っ直ぐ見て、魔法にかかった。
 慎司の目は神姫の艶かしい唇に向かっていた。視線を、意識を、欲望を、止められなかった。
 妄執がせりあがってきて、慎司はそれのみに突き動かされた。
 慎司は神姫へ歩み寄ると、彼女の頬に手を添え、愛おしげに一瞥し、顔を極限まで近づけた。否、極限ではなく限界突破か、ある意味では。
 1割より小さい、1分より小さい、1厘より小さい、1毛と呼ぶ程度の割合の冷静さ、所謂理性が呆然と間延びした鳴き声を発する。

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 今にもつぶれそうなサイトへようこそなのです。(言葉通り
 GE無事にクリアしました。各ミッションをSSSにするという途方もない旅に出るかどうかはのちのち考えるとして、そういえばいつから小説書かなく(ry
 一応プロットとしては煮詰まってきたのですが。などと言い出すとほんとに企画倒れしそうで怖い。
 スイッチ入れるためネット小説でも読みあさるか……と思った時にはテスト一週間前なのですよ。負のスパイラルすぎる。どこかに孔明がいるはず。

  それじゃあまた来月っ(サラリと放置宣言

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