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(愁)
~今にも終わりそうな小説掲載サイト~
Author:水瀬愁

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23.


 感触のあるプラネタリウム。硝子の階段。
 硝子の階段を昇りきった先にある、硝子の回廊。
 その突き当たりに位置する地球儀。
 地球儀の内なる天使コアと、その御前に居座る青き堕天使。
 真っ白な瞳、桜色の髪の天使は、時折、緑色の瞳と空色の髪に変わる。
 堕天使が、ゆるやかな速度で剣を鞘から抜く。
「一対一か、侍魂が感じられて素晴らしいね?」
 だがその手が一瞬だけ止まる。高らかな拍手と足音を響かせ、三人目が遅れて参上したから。
 仙童神姫ブリュンヒルデが、堕天使の隣へ歩み寄った。
「悪いけど、一対一対一だ」
 そして、グラディウスとエスパーダを残る二者へ向けた。
「裏切るつもりですか、神姫ヒルデ?」
 天使が神姫を睨む。
「さあ。これからの話し合いたたかい次第だね。君がした事は酷すぎるけど」
「あなたが求め、私が応じる。主導権は私、違いますか?」
「それは違わない。指揮官は君だ、しかし軍師は私なのだ」
 神姫は冷たい眼差しを返した。
「敵の口車に乗せられて部下を自爆させようとしたな。敵は無限転生ができると、君が私に話したのだぞ。敵の狙いなど明白だろう、こちらの優秀な駒を全滅しておいて次の機会こそ目的を果たすつもりなんだ」
「全くその通り」
 堕天使が口を挿む。だが無視される。
「なぜ私を信じなかった」
 神姫の叱責に、天使は時間を置く。
 そしてぽつりと言葉を漏らす。
「……ごめんなさい」
「よろしい。じゃあ、二対一だ」
 神姫が身を翻し、堕天使に牙を剥く。
 堕天使が剣を抜ききった。
 直後、三つの閃光と一つの闇黒が瞬いた。
 天使と神姫、そして堕天使の鍔迫り合い。神姫が気刃を展開し、堕天使の剣を弾く。
 その勢いにのって堕天使が距離をとる。すかさず杖に持ち替えた天使が、極大な魔力光線をぶっ放した。
 それを、堕天使は手刀で弾く。いや、"弾き返す"である。
 神姫が突き出した気刃に、魔力光線は真っ二つに裂かれる。
「天使、間接攻撃は私に任せて、前へ出てくれ」
 天使は得物を剣に変形し、悪魔化。雄叫びをあげながら宙で二度も前転して、堕天使へ渾身の縦一文字を切り込む。
 堕天使は掲げただけの片手でそれを受け止める。神姫はサイドステップして堕天使の横へ、そして気刃を伸長する。
 その打突が堕天使の脇を掠めた。すかさず、天使が気刃の刀身を踏み台に跳躍し、堕天使に頭上から強襲する。
 堕天使はまたも片手で防御。残る片手で、今まさに薙がれんとしていた気刃を掴み止める。
 天使と堕天使、神姫と堕天使の鍔迫り合い。
 片方だけ、唐突に終わる。神姫が気刃を収納したからだ。
 直後に気刃を展開したのは、もう一度、天使の踏み台に用いるため。
 天使は気刃を踏んで、飛びずさる。堕天使に弾かれたのでは体勢が崩れてしまうからだ。
 堕天使は両腕を天へと掲げた。
 その背に広がる、光の翼。羽根の代わりに白銀の炎ファイアーボールを舞い散らせる。
 接近は困難極まった。
 なので天使は退くことにした、接近戦に特化する者へ役を譲るために。
 天使と入れ替わるように神姫が堕天使と踊る。堕天使の剣は一つであるのに、神姫の二刀と互角に渡り合える。いや、堕天使は神姫の攻撃をいなした後にさらに致命的な一撃を狙う。神姫より堕天使の方が格段に上であるのだ。
「まったく、どこのヴァルキリーに取り憑いたんだか」
 神姫が天使のところまで下がる。
 傷ついた頬を手の甲で拭い、悪態吐く。その隙を補うように、天使が極大魔力光線を放出した。
 定型があるかのように、堕天使は片手で弾く。その目に映るのは、実体の翼。
 "ガブリエルの翼"
「全力速度、燕」
 そしてそれの巻き上げる風。
「――ボス戦の終わったこの物語、もう悪あがきはよさないか?」
 神姫の吐息が堕天使の頬を撫でる。
 堕天使は、神姫に後ろから抱きすくめられていた。神姫の剣の刃先が、二つとも、堕天使の首元を狙う。
「最期に言い残すことはあるか?」
「自分に最期などというものは無いよ。また会おう」
 不敵な笑みを浮かべた堕天使。
 その笑みのまま、ポトリと地面に落ちた。


「終わりましたね」
「――ああ、終わった」
 プラネタリウムから出るなり、神姫は出迎えを受けた。
 慎司、雛子、美優に抱きつかれる。その相手を適当に済ませると、神姫はお疲れ様というようにゴンザレスの肩を叩く。
 そして、チョコ・L・ヴィータの事を思い浮かべた。
 君の所に行けるかな、と。
 神姫は膝から力を失い、地面にぺたりとへたり込む。

 魂を炎で表現するなら――

 彼女の炎は、小さく、弱い、時たま消えてしまうほどに――


 そしてこの瞬間、完遂の喜びとともに心身の繋がりが緩まり――

 炎は――白い煙をあげて――

 雛子の悲鳴が響く中、神姫は地面に頬を当てて目を閉じた。
 ここにはいない戦友のことを想いながら。そこへ自らもゆこうと思って。
 目蓋の裏の真っ暗な世界に、喧騒は無い。音一つない。










 真昼の繁華街を一望できる社長室で、社長椅子がくるくると回っていた。
 超高級質感だけが強みの品ではないようで、速い回転であるのに音ひとつたっていない。
 椅子がピタリと止まる。椅子サイズに合わない小尻が一瞬持ち上がり、すらりと伸びた脚が組まれた。背もたれに身を預けたのか、椅子が少し揺れ、巨乳はぷるるんと大きく弾む。弓なり気味の身体に対し、無作為に誇示されるツンと胸が張っているのは、さながら木になる果実である。
 甘い吐息に、ソプラノの声をのせて、
「気持ち悪いぃ……」
 仙童神姫は眠たげな目をして呻いた。
 騎神という超常的存在は、作られたものだ。それの創造主であり未知おとを初めて解明した人間、探求に心奪われし博士、その枯れ木みたいな老爺は頭の上で拍手をした。神姫を茶化すのだろう。
 その隣には、黒子の衣装を身に纏う黄泉と、黒ずくめのゴンザレスが。
 その時、太陽の光が格段に増した。壁が硝子張りのこの部屋は、真っ白に染まる。
 神姫の瞳、魔眼00うちなるせかいに、封印されし者の姿がくっきり映る。
 氷塊に閉ざされ、鎖に雁字搦めにされた、天使の姿が――










<終>
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