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(愁)
~今にも終わりそうな小説掲載サイト~
Author:水瀬愁
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そうやって君は
いつだって僕と違って真っ直ぐだ
追い越されることが不安で 僕は毎夜眠れないのに
0.
朝。パジャマのまま洗面所に行き、歯磨きを終える。
着替えるために再び自室へもどったところで、その鳴き声を耳にした。
「こら、睡魔と闘ってるご主人様の前で、ベッドでのほほんとするんじゃありません」
「にゃーぉ」
シーツに潜り込んでいるそれ、団栗色のそれ、さいきんは小生意気になってきたそれ。だけどたまに猫みたいなつぶらな瞳を向けてきてくれるそれ……いや、猫なんだけど。
負けた気がした。しかし、
夏休みが終了して、二学期初日の今日。目覚まし時計を設定し忘れるという事実を経てしまったために、
どう危険かというと、猫の相手をしていられないくらいに。
「わーっ」
故に、比那は猫を無視する。そして素早く着替えを終え、階段を駆け下りていった。
が、そこではたと気づく。鞄を忘れた。
始業式だけならば教科書は要らないが、夏休みの課題を積めた鞄は絶対必須。提出期限は総て今日で、厳守なのだから。
くっと破顔した比那の頬を、汗がひとつ流れる。
即座に踵を返し、乱暴に閉めたドアを比那は乱暴に開き放った。
咲き乱れる金髪の花。
白く輝かしい脚線美。
カーテンの隙間から漏れ入る光も上手い具合に彼女の目蓋を避けていて、まるで寝入りばなのときのようにゆったりとその身体が呼吸で静かに上下している。少しばかり寒いのか、毛布を肩までくるむように抱え込んでいて、しかし強引に肩までかけているせいでその綺麗な足が布団の外へとはみ出ている。それがまた寒いのか、見ているとなおもぐっと毛布を引き上げて、そのせいで今度は毛布と共にパジャマの裾まで上がってしまっていて。
ひこひこ、ぴこぴこと、ネコミミが動いた。
世の中にはさまざまな奇病がある。
ノエル・アイシュタイルフィス・コクテルイーノ・メイファボロス・カプチェルファスイアという発見者の名からとられた【ノエル病】もそのひとつだ。
感染対象は猫のみ。症状は至極幻想的。
――人ほどの知能をもって人の言葉を解し話し、人ほどの体格を得ること。
さらに【ノエル病】に感染した猫には、人間にはない超人的能力が。
異常な機動力。鉄剣のごとき爪。
まさに人より優位に立つ、新たなる人。
世界は急激な変化を迎えた。人は猫と数十に及ぶ協定を結び、領域共有及び共存共栄を約束する。
世界は急激な変化を迎えた。世界に住まう者々は、その変化に柔軟に適応していった――
1.
世界規模的な印象には、最小単位の意見は無視されている。比那はそう思う。
きゅうきょ制度が改変した学校。変わったものを端的にいえば、猫が居たいと主張すれば主人の隣席が確保されるという、いわば基本的猫権の尊重。
比那のねこは、主人の隣を要求した側である。故に比那が登校のため歩くこの住宅街道を、比那の猫も
「息苦しい……脱いではだめか」
「駄目」
そして、不満げに唸る。それとは裏腹に、目尻を下げて、比那に穏やかに微笑みかけているが。
「まあ、主人が鼻の下を伸ばすような美麗な格好だから、脱ぐ気は毛頭無いけど」
「……じゃあ、聞かなくていいじゃん」
「慌てる主人が見たい」
「ひどい」
「ひどくないもん」
ねこは、細くて白い指を比那の頬に這わせた。金髪の芳香に鼻をくすぐられ、比那は思わず距離を取った。
――三日の間に、人と化した猫は各国で受け入れられたが、
比那はまだ驚いている最中。たいていはそうなのだろうが、比那は特別驚いていた。
なぜなら、ねこが人になった姿は美少女だったから。学校に連れて行って、男子と女子の人だかりができてしまうほどの、美麗さだったから。
比那は、自分の飼っていた猫を雄だとすら思っていた。故に衝撃はとても大きい……今日までの間に終えたねこの初めての登校、そのときに周囲から受けたいろいろな目が衝撃と称するものの四割にあたると本人談。
対しねこは、まるで今までもふつうに幼馴染でしたよという風に自然。
なんだろうこの差は――比那は溜息を吐こうとして、息を呑み込んだ。
興奮した息づかいが微かに伝わっていた。そしてその視界の隅に点々と映りこむ赤い光が。
それは周囲の路地からでてこようとする犬の瞳だった。
一匹や二匹ではない。比那の脳裏に、ゴミを漁ったり公園で遊ぶ子供を泣かしたりする犬の群れの世間話が浮かび上がった。
のっそりのっそりと、犬が距離を詰め始めている。狙われていると察せざるを得ない。
非常に危険な目つきだと比那は思った。次の瞬間、ねこを引き寄せて自らの背に。入れ替わるようにして、比那は前に出た。
犬の目が比那に向いて、嘲笑うかのように、犬の口元が歪んだ。
――気を逸らせればいい。
ねこを逃がして、比那は別方向に犬を連れまわすつもりだった。そのために右に、じりじりと数歩。
――だが、比那の予想とは裏腹に、先頭で比那をずっと睨んでいた犬が唐突に比那とは別の方向へ走り出した。
それを機に、ぞろぞろと先ほどまで比那の立っていた場所を往って犬の群れが咆哮をあげる。慌てて振り返る比那は、しまったと思い知る。
最初からねこが狙いで――鼻息荒い犬共に、比那は不快感を込み上げる。
だが、特に鍛えてもいない人間程度の能力で猛進する犬に追いつくなどとうてい不可能。
飛びかかる――
「主人は、擬人化したねこを甘く見すぎだ」
のが見えた気がしたが、背後からねこの声がして比那はぎょっと振り向いた。
格好に乱れは一つもない。驚く比那に、小首を傾げてクスクス笑う確信犯。
比那は更に振り返った。さっきまで居た犬は何処にも見えない。
何も分からないからねこに向き直って尋ねると、
「時を止めて、その間に叩き潰した。ゴミ袋に詰めて、粗大ゴミと同じ処理を加えた」
と返してすたすた歩いていってしまうねこ。比那はその背中が小さくなっていくのを数秒見つめ、ねこのステータスに関する認識を改めてから早足で追った。
昼休み。青空を見上げられる、屋上。
比那の分も購買部からパンを手に入れたねこに、慣れたものだなと歓心するも束の間、
「ストローさして」
とオレンジジュースを投げられ、比那は苦笑した。
銀色をした真ん丸の部分に、ストローの尖った方を突き刺す。特に抵抗もない。ストローは七割方、紙パックに己が身を収納した。
底に当たるコツンという音がして、比那はそれ以上の収納を断念する。後はねこに返すだけだが、比那はストローにちゅっと唇をつけた。橙色がストローを満たして、比那の口へ。
「……ん。ほいどうぞっと」
「うむ」
ストローを差すことだけは覚えないものだなと、比那はこれまでを振り返って笑う。
"さす代わりに一口もらえて、喉を潤せるのは得だから、まあ良いのだけど"――比那はそう思うので、覚えることを強制はしないが。
はむっとパンにかじりついた比那。ねこも、お淑やかに一口サイズにパンを千切りながらむしゃむしゃ食べている。
パンが半分ほどに減ったその時、その足音がした。
目を細めるねこ、比那も振り向く。
比那と同じ学ランを着た、しかし比那よりもひょろひょろとしている男子学徒。その左右に付き従う四人は、物腰が一層違う。
ねこみたい――思った途端、四人の方の頭にひょこっとネコミミが生えた。
それは、超人的能力の解放の象徴。男子学徒は、下卑た笑みを浮かべ言った。
「その美猫。僕に譲ってくれないかい?」
「……」
比那はじろじろとその学徒を窺った。
目の周りに隈ができている顔、この学徒のことを比那の友達が悪いオタクと評価したのを思い出し、無論そういう意味でも比那は否定的に思うが。
それ以上に、躊躇うことなくねこにいやらしげな視線を向ける態度が気に食わないと思っていた。
「いやです」
故にキッパリ言い切ると同時、サッと嵐が比那を包んだ。
四人が比那を囲ったのだ――その嵐の向こうから、学徒の声が飛ぶ。
「僕は良い子だ。そして君は、悪い子だ。下手にでてやれば調子に乗る、クズだ。
必死な頼みに対し冷徹に応じるような君の悪さを、叩きなおしてあげるよ……その頃にはほんとうに
何が"良い子"だ。何が"必死"だ。何が"叩きなおしてあげる"だ。
比那は、嵐の間を縫ってその学徒を睨む。
その側面、背後へ六本の腕がゆるゆると伸ばされて――
嵐は四散した。
屋上を構成するコンクリに手を添えて、嵐だった四者はブレーキを試みる。しかし四つの摩擦音はいつまでも途絶えず、ついに勢いを相殺できぬままフェンスへ背を押し付けられる。
そして――グシャっと、フェンスが大いに凹んだ。
だが、誰の目から見てもその凹みは至極当然だった。手を添えてブレーキを試みると言っても、それに四者が上手く着地したというプロセスは無い。コンクリの床に触れられていたのは手のみで、伸ばされる腕と身体は宙を突き進めるほどの勢いに蹂躙されていたのだ。
しかし唖然としてしまうことだろう。摩擦音を垂れ流せるほどの時間がかかったというのに、フェンスが凹むのにかかったのはあまりに数コンマ。
比那は唖然としていた。そんな比那を背後に隠し、気を絶する四者と学徒に目を向けたねこ。
「擬人化したねこを甘く見すぎていいのは、主人だけだ……貴様らは許しておらん」
ノエル・アイシュタイルフィス・コクテルイーノ・メイファボロス・カプチェルファスイアという発見者の名からとられた【ノエル病】
それが蔓衍して、
――
2.
ねこは主人が好きだ。
愛している。
世界の中心で、それこそコアに潜って叫んでもいいというほど、愛をしている。
主人は、目に入れても痛くはない。多分。
主人は、口に入れたらとても美味しい。多分。
主人のほっぺほど舐めて幸せになれるものは他に知らないし、知りたくもない。ねこはあくまで、自己の満足の値にも主人を当てはめているだけであって、主人が好きな理由は勿論別にある。
兎も角、ねこは主人が好きだ。
何よりも兎も角、愛している。
どれくらいかというと、購買部という戦場に身を投じてまで主人の好物を手に入れんとして、
「私以外にもそれを欲するやつがいるだと? ――よろしい、ならば戦争だ」
と言って雑魚殲滅戦を行うくらい恋は核弾頭的熱量。主人の身に降りかかる未来のあらゆるパターンを予想して、戦場にある主人の好物を総て買い占めるなんてことは、朝飯前だ。
ありがとうと言って笑う顔が可愛いだとか、主人が好きな理由はそういうものではない。もう一度言うが、起床前の彼の恵方巻きががとても……大きいですだったとか、そういう理由で主人が好きなわけではない。いや、そういうシーンが訪れれば勿論このおっきいの大好きぃぃと喚き叫ぶだろうが今は気にしなくていい。
何はともあれ、ねこは主人が好きだ。別にヤンデレなわけではなく、それどころか不倫は男の甲斐性だとも理解している。二股も三股もどんとこいだ。だが、それにより主人がペットでしかない自分を捨てることがあるならば、地面に四つん這いになってでも求愛するだろう。何はともあれねこは主人を愛している。その愛は絶対忠誠に通ずるが、しょせんは乙女の恋愛模様なのだ。
「……んむ」
ねこは時計柱の頂点に止まっていた。主人が体操着で運動に取り組んでいるが、ねこは超人的能力を持つ擬人化猫だ。擬人化猫の能力の衝突を許容し切れるほど、地面も建物も強度が高くない。故に体育の科目は、現状では除外されている。
「つまり、これは主人が知らぬ間の小事ということだ。暗躍、という言葉でいいのだろうな」
ねこは下を向いた。時計柱を囲むように数人、そして、一方向にちょっとした
飯時に絡んできた学徒の付き猫が目に留まって、ねこは少し驚いた。
「ボス猫の意図で、人のペットに成り下がっていたのか」
「人とは
片目に銀色の光を宿すボス猫が、破顔した。嬉しげに、酷く醜く。
対しねこは、冷淡に言い述べる。
「餌程度でしかないあの若造の言いつけを守って、ブリュンヒルデ格である私に刃を向けるということか。しかも二度に渡って」
その瞬間、柱の上からねこの姿が絶ち消えた。
同時に竜巻が起こって、その風壁に数十の擬人化猫が突き飛ばされる。ボス猫以外は恐れを表情に滲ませて、ボス猫はニタリ笑いを一切変えない。
拳を地面に打ちつけた姿勢で固まるねこが、ゆらりと上半身を起き上げる。顔にかかる髪をどけようとはしない。鋭い眼光が、ボス猫を射抜いていた。
「擬人化したねこを甘く見すぎていいのは、主人だけだ……貴様らは許しておらん」
「正真正銘、あなたはブリュンヒルデに相応しい力量でしょうとも。私ていどでは、どんなに努力しても絶対に追いつくことは叶わない。
先ほど、あなたはおっしゃりましたね。『刃を向ける、二度も』
訂正させていただきますよ。よく聴いて、よくお考えください。
「……なるほど。そういうことか」
「そういうことでしょう」
ボス猫もねこも、笑っていた。笑いを向け合っていた。
そして、ねこはふと力を抜いた。それを見て取って、ボス猫は付き従う者らに声を張り上げた。
「てめぇら、ありがたく思えよ。一度っきりしかねぇと思え。だから、最高のおもてなしをしやがれ」
「ほ、ほんとうに、ブリュンヒルデ様がオレ達の自由に……?」
「おう。コテンパンに打ちのめされた奴ぁ復讐にはしるも良し。だが、相手はブリュンヒルデ様だ。しかも人の姿だ。我々には手がある。頭脳がある。雄の本能だけじゃねぇ、それに付き従う絶対的なものが今はあるんだよ。
それをフルに使って、妖美かつ清楚で美麗なブリュンヒルデ様に陵辱の限りを尽くすも一興だ。てめぇらも感じてるだろ。女を喘ぎに喘がせて、ぶっ壊れるくらいにぶっ壊してぇ衝動――発情に似た、しかし快楽を求めるための本能。
我々は猫だが、すでにそんなんじゃねぇ。人っぽいが、そんなんじゃねぇ。我々は……雌をどうにでもできる、雄だ」
ボス猫の言葉に感染したように、空気がおぞましいくらいに暗くなった。ゲヘヘ、グヘヘという下卑た笑い声がどこというどこから発せられる。ゆだれを垂らすもの。舌なめずりをするもの。復讐を行おうとするものなど一人だって居ない。いや――ある種の復讐だが、しょせんは拳を使わない方だ。
ねこを囲う包囲網。それはだんだんと縮まっていって、汚い手がついにねこに触れんとして――
「これを見ろぉぉぉぉーー!!」
声に誘導されて見上げた、無数の
何の躊躇もなく。そして、欲情していた擬人化猫たちは瞬く間に猫の姿へもどって、なめる、かむ、頭をこすり付ける、体をくねらせたり転がりながら身もだえる、などの先ほどとは別種のフレーメン状態になった。
ボス猫はぎりぎり擬人化を解くには至らず、マタタビに酔いしれることも我慢できた。しかし意識はその危険物体にだけ集中してしまっている。
故に、ボス猫すらも気付かぬ間に、一つの影によって一つの影がこの場から取り除かれたと誰も分からない――
3.
どうして私を助けた、と聞かれた――比那は無視して、ただただ走った。
お前は弱い、危険だったんだぞ。無茶だったんだぞ――比那は無視して、ただただ駆け上がった。
屋上に辿り着いて、比那はやっと一つ答えた。
「どうして、コテンパンにしなかった、んだ」
それは質問を無視する質問だった。走って息が上がってしまった比那の振り返る先、比那に手を掴まれ強引にここまで来さされたねこが、呼吸を全く荒くしていない。
「私では、護りきれないこともある」
「は?」
「心にだけ傷をつくっていくいじめ、異様な視線、火元もない噂。奴等ならば、その限りを尽くして主人を壊そうとする。
嫌なんだ。だから、私は奴等の要求を飲むつもりだった。何をされても構わなかった」
「おまえ、自分をなんだと――」
「私は主人の
比那は口を閉ざすしかなかった。
涙の滲む目を掌に押し当て、数秒青い空を仰ぎ見たねこ。比那は悲しかった。つらかった。無力だった。覚悟がなかった。
対しねこには悲しいことを乗り越える力がある。つらさを押し込める力がある。強すぎて己をも傷つける覚悟がある。
なんてひ弱だ。比那の胸の内を、苦しい苦しいという悲鳴が駆け巡る。しかしそれには行き場がなくて、あとからあとから増えていって。それが無数になって、ノイズともとれない悲鳴の嵐が絶頂まで高まり、
音が無くなって、音に満たされて、有る無しの境界線を垣間見た比那は、
――自然と、喋り始めていた。
「おまえは、ペットだ」
「……主人?」
「俺は、お前の御主人様だ」
どうしたんだという目を向けるねこに、比那は向き直った。
真っ直ぐな瞳。その光は、ねことどこまでも同じ。
「
比那は伝えたかった。
空が青いこととか、日は暮れてもまた昇ることとか、朝の空気はものすごく清々しいこととか、雨上がりは湿気てる空気が妙だということとか、
哲学に浸っているうちに見過ごしてしまっているものがあるんだよと、教えたかった。
「おまえは、ペットだ」
「……主人」
「俺は、お前の
――ねこは主人が好きだ。
――愛している。
――兎も角、ねこは主人が好きだ。
――何よりも兎も角、愛している。
――何はともあれ、ねこは主人が好きだ。
――何はともあれねこは主人を愛している。
――どこまでも要領の良くない優しさを持つ主人が、好きで好きでたまらない。
「勝手だな」
そうしてねこは、比那の胸元にその顔を埋めた。
「勝手ついでに何だけど、もうひとつ」
ねこの背中に手を回し、そう告げる。胸元に埋めていたその顔がふっと上がって、その表情は一瞬考えた後どこか含みを持った笑顔へ。
「ほんと勝手ね、比那は。どうしたいの? 聞くだけは聞いてあげるわ」
足を絡め、ご主人様ぶった口調で問うてくる。それでもその顔つきはずっと穏やかで、それは人をずいぶんと優しい気持ちにさせる魔法。
「……傷つくな。ぜったいに、俺よりも。おまえはペットだけど、大切な俺の、ファミリーだから」
――守護者と守護者だから、難しい。
比那は思った。
――もし二つが一つであれば、自分自身の守護者と、何もかもが簡単なのに
「じゃあ、主人も守護者か……良いな。うん。かっこいい。
なら私は、主人の覚悟の守護者になろう」
比那の両頬に、ねこの細くて白い指が添えられた。
そして比那の唇に、ねこは自分のを押し付けて、
そして、
反実仮想――実現
ねこの本質は胎児として、比那の内に抱かれる。
ねこのものだった地位は、威力は、あるがままそのままに比那へ授与。
無い心臓の脈動に、比那の全体は血とともに力を駆け巡らせる。
本質の変貌、それに伴う外面の変貌。
C-cross
――少しして、
立っている者はたった独りに。
4.
ボス猫と精鋭の数匹が、宙に残留する臭いを読み取って屋上に辿り着いた。
だが彼らが見たのは、金髪の少女ではない。背の低い少年、あの少女を思わせる長い長い金髪の。
容姿の線も、どことなく似ている。ボス猫はおそるおそる、声をかけた――
つもりだったが、それは恐るべき勘違いだ。
「止まった時を歩むのは、いささか不思議な気持ちだ」
「――!」
背後から声を聞いて、誰も居ない方から背後に視界を回転。ボス猫は金髪の少年を間近に見て、その周りに突っ伏す従者を見つけ、判断を下す。
逃げの跳躍は、七歩分は一気に後退して、ボス猫と少年の彼我距離を屋上の対角線距離と同じに――
だが勢いをつけすぎたのか、ボス猫はフェンスに背を押し付ける。
そして――グシャっと、フェンスが大いに凹んだ。
「ガ――!?」
おかしい。ボス猫は思う。これは勢いのつけすぎなどという物ではなく、何らかの衝撃を加えられた結果。だが身におぼえはない。少年はそこで立ったままであるし、ボス猫は確かに逃げたはずだった。
そしてはたと、ボス猫は思い至った。
認識できないレベルの――打突。
フェンスはさらに凹む。ボス猫の身体からポキポキと骨折の悲鳴があがる。ふと見上げ、網膜に焼き付けたそれは残酷げな笑顔。
「ブリュンヒルデの主を――比那を、舐めるな」
フェンスを突っ切って、ボス猫の身体は上空に投げ出された。
その傷、実に全治まで半年。だが擬人化猫だったのが幸い、人化機能を失うだけで済んだのだった。
――少しして、
立っている者はたった独りに。
5.
朝。
「起きろ、主人」
ぽすんと彼女の全身に絡め取られ、比那は起床した。
眠くてぼぉっとする比那に彼女は「しょうがないわね」なんて笑って、その唇をいつものようにぐっと押しつけてきた。
身体はより一層ベッドに沈んだようにも感じられて、比那も彼女も相手が寝ていたら起こしてしまうほどに強く互いを抱きしめ合って。
――手に入るはずのなかった、何の変哲も無い"おかしな"幸福を精一杯に噛みしめながら。
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