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(愁)
~今にも終わりそうな小説掲載サイト~
Author:水瀬愁
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9.
真っ白い天井と照明。真っ白いベッドとドア。
風景描写、終了。――と、少女は皮肉げに考える。素晴らしい
「大丈夫だよ。うん、寂しいなんて子供の言う事だよ。え? 病院食は薄味だけど――ふふっ。それじゃあ、メタボなお父さんのために看護婦さんからレシピを聞いとくね。先に言っとくけど、私の朝食に出しちゃだめだよ。今ならしょうゆまるのままでも美味しいだろうなー」
面会時間開始を見計らったようにやって来た母に応対する時間、およそ四十五分。少女の笑顔はなんとか保ち続けた。気力が底を尽きかけているのか、ひとりになって途端に疲れ顔をする。
笑顔を剥ぎ取った少女はまず長く息を吐いた。
その後、母が無造作にベッドの端に広げたお見舞い品――着替え、ゲーム、小説――を整理しはじめる。
途中で、ノックが鳴った。少女は手を止め、どうぞと言う。応えるようにドアノブが回り、ドアが開く。
吾郎と真司が入室してくる。
対し、少女は本心からの笑みを浮かべた。
回診を終えて二人が退室した後、どこからともかく児が現れた。
少女の居るベッドを飛び越えた一歩目に、二人を追う二歩目は続かない。児のそれは少女が阻止した。
少女に首根っこを掴まれた児は、ぷくぅっと膨れ面をする。
「むしろ、なんでそうひょこひょこと登場してくるのか気が知れない。他の音は、こうではなかったぞ?」
「だってボクはこの小説のマスコットキャラ、だお?」
「妙な発言するな語尾もやめろ、この電波っ娘め。特に、アレな事情をかるがるしく暴露するところが憎たらしい」
少女は溜息を吐いた。
数拍の静寂が、訪れる。それは短くも、戸惑いと、決意とを含む準備時間である。
「――だいたい、お前は馬鹿な音だったのだ」
少女は思い出して、言った。
児は音達を狩猟する側の少女を、追い討ちをかけて殺すのではなく治してしまった、非常に命知らずな獲物だ。狩猟されてしまったのだから、頭が悪かったともとれる。
「興味を抱いた人間に手伝いを施すお前達の習性は、娯楽のためであり存在意義ではないはずだ」
だが児は頭が悪いわけではなかった、狩猟の刻が訪れても抗うことをしなかったからだ。
まるで戸惑いを抱かず、児は少女の物になった。何か決意していると、少女にはずっと不可解だった。
「なら、叶える願いは取捨選択が可能――今回のは、娯楽で収まりがつくかどうか、判断がつきそうなものだ。なぜ叶えた?」
何を決意しているのだと、少女は問うた。
児は花が咲くように、くすりと笑った。
「願いを叶えることしかできないのよ、私は――私たちは――大地よりも空よりも大きなこの愛を表現する方法は、願いを叶えるというものしかなかったの」
そして歌い始めた。
恋しさを、そして想い人を謳う、
囀るような、響き渡るような、
祝福のカンパネレのような、水のせせらぎのような、
急ぐものもおぞましいものも何もない、穏やかな世界で紡ぎ生まれた穏やかな子守唄。
「――」
児は自分の音で歌っていた。
下を向かず、反らした胸から張り上げられる囁きは、色っぽく、しかし恥ずかしげに、奇跡の
いつか歌うように語りかけられたらと、輝かしい日々を振り返りながら、愛されたい音は祈りを捧ぐ。
祈る相手の神は誰か。否、神ではないのか。
願いを叶える音は、一途に願う。
特別な願いはどんな超能力でも叶えられない。特別な願いにおいて、音は人間のように無力だった。
それが、児には頬が緩むくらい幸せなことだった。
それは本能をもたぬゆえ、咆哮をもたぬ。
まるで威厳をひた隠すように、夜にまぎれる色をして、夜を無音で駆ける。
能ある鷹は爪を隠す、というように。
物静かな機械仕掛け。禍々しい甲冑。
剣に乗せる力で、陵辱または撃砕する。
相手の破壊応力など意味を持たない。
対するは――少女だ。
不機嫌そうにキツい目つき。小ぶりの団子に纏めたチャイナっぽい髪型や、絶対領域すら搭載したゴスロリの服装が鬱陶しいといった様子だ。
少女は八つ当たりをするという風に、おおぶりに投擲する。
その猛攻を甲冑は、一瞬、盾で防ぐ風を見せる。だが直ぐ様、防御する価値すらないというように背中を向けた。
それは正しく、甲冑の進行路線とは少しズレていた投擲物は甲冑の脇を横切ってあさっての方向へ去った。
少女は歯を食い縛る。そして、ならばと二撃目は、甲冑にまず追いすがることからはじめた。
彼我距離は瞬く間に、5メートル以下に。それを察したように、甲冑の推進力源が黒く光り輝いた。
結果、少女と甲冑の距離は詰める前より長くなった。少女にとって歯痒い事実だろう、だがいつまでも負けてはいられぬ。
「――ッ」
追いすがるというプロセスをすっ飛ばし、少女は攻撃を行った。追いすがる必要性が一体どこにあったか疑わせる、特大斬撃は滑空する。
その黒き重みは、死を孕み、死を与える。そのために飲み込む。
今度も甲冑は、無視の一点張りであった。射線のズレなど、飛ばされた斬撃の大きさからするに無関係である。ならば前回のようなことは、もう起こりえない。
だが、またしてもそれは正しく――少女の一撃に、装甲は傷一つつかなかった。
撥ね退けられた一撃の威力は甲冑を中心とした
冷風が吹きつけた。少女の頬をぺしんと叩く。
追うのをやめ、留まる少女。その瞳が向く先、未明の空の終焉が地平線の際から迫り出す。
暁光に溶かされるように、甲冑は塗り潰された。
消失、少女からしたらとうぼうと読めるだろう。
まるで拭われたかのように潔く、夜は朝に空を明け渡した。
少女は――手を抜かれたと、抑え切れぬ焦燥で身の内側を焦がす。
かくして、終わった。否、これは始まりだ。
あの日から、それ以前からもずっと少女を見守る空の下で。
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8.
人というのも含めて何物も、リストのあるなしは大きな問題だろう。直感、などというのは物の摩擦ともいうべき現象に対しのみ有効と成り得る賭け事だ。何物には直感などそぐわぬ。いや、むしろ失敗という結果すら生まない。失敗と成功の唯一の共通事項が、直感の場合はまるで存在しないのだから。
故にこのような、直感と見間違えても仕方が無い天才っぷりの己の上司に呆れ果てる。
……この人、損するタイプだよな。うんぜったいそうだ。
呆れ顔の真司。それも致し方ないだろう。
前述したリストについて、"ある"は一般的に書記した(この場合、手書きと限定はしない)ものが存在して成立する。つまり"ない"は白紙より空白を極まるわけだ。真司も言葉は違えど、リストの認識は上記と同じ様をしている。真司が見習いであるという立場からすると、彼の認識を構成するのは主に先輩の受け売りである可能性が高い。
だが、もしそう仮定するなら――
「あー……予感的中だな」
この上司を起用した背理法で、いとも容易く不成立を証明できる。
名を桜井吾郎という彼は、真司の言葉を借りるならプロだ。
勿論のこと、実習にきている医学部生の真司からすれば、現役の方は全員プロになる。だがその中でも、彼は次元が違ったのだ。
上記したリストのあるなしの定義を揺るがす。そして彼の直感は、真司が幾万の資料とリストとを比較して信憑性100近くの判断を下すのとイコールだ。
「薬剤投与で、症状の鎮静を試みとこう――」
つまり予感的中なのはいつものことであるので、真司は驚きもせず彼をじっと観察し続ける。視覚情報からは、彼が看護士に指示を飛ばす様に 考慮があるとは思えない。そんなことがありえるのはドラマだけだ、と真司が思っていたのも当分前のことである。
だがその早速さも、医学の場においてはデメリットを生む。無遠慮、などならまだしも患者から猜疑心越しに見られてしまえば医者として終わりだ。軽く見るなよ、と鋭い眼光で訴えてくる患者を、真司はこの実習で何度見かけたことだろう。腫れ物のように扱えとは言わないが、せめて親身になって接するべきだと真司は彼について思っている。
それでも、彼の処置は総て完璧だ。図書館を脳に詰め込んでいるのでは、と真司が真剣に考えてしまうほど。
……" 歴戦の天才"とは、本当はこうまで非現実的なのかもしれない。
※歴戦(単なる、医師としての経験豊富。戦争は関係ない)
「おい、行くぞ」
声を飛ばされ、真司はようやく虚空を見つめる奇妙な動作を止めた。慌てた風にきょろきょろ周りを見、吾郎が少し先で振り返ってきていると解る。
ここで、自分は失態を犯したのだと気づく。
……目の前のことに集中しろ。今は、限りある勉強の機会なんだぞ。
神経質にも血が凍る思いを味わい、真司は駆け出した。
自らを引き締めるため一層強く床を蹴り込んだ。
八つ当たりを受けたリノリウムの床敷きはコツンと不満げな声をあげた。
変哲ない病院。そう表現されたものは実はどこか非平凡的であるのが常だ。
しかし疑う必要はない。なぜならこの病院は、病棟も職員も、変哲ないからだ。
重病であるため入院している患者がいて、悲しみを滲ませる者がいて、悲しみで終えた者がいて――
「おまえはここで待ってろ。この患者の検診は、勉強にならないからな」
「いえ――入れさせてもらって、構いませんか?」
「別に構わないが、俺の非力っぷりが解るだけだぞ。ただ、二つだけ守って欲しいことがある。ひとつは俺にタメをきくな。もうひとつは、患者に不可解な行為を及ぶな」
病院というのは騒がしい場所だが、私語が行き交うためではない。患者自身らが望まぬ限り、その類の騒音は存在しえない。
それでも回診の物音だけはたってしまう。
個室でもそれは変わりない。
故に、其処は異常だった。
廊下からドア一つ隔てたこの先のみは、別世界のようであった。
痛いくらいの静寂である。だが、真司は少しして気づいた。この静寂は、無機質であるのだ。
重さしかないために、強調されるように重々しい。それしか感じられないから、余計に重々しい。
葬式に類似する。真司は、縁起でもない事を考えるなとすぐ様その連想を否定した。形式的なわけではない。真司の本心であった。
そう連想してしまえば、ここに"生"が芽吹くとは二度と思えなくなってしまいそう。
「……生きてるんでしょうか」
白いベッドに沈むのは、蒼白な眠り姫。
いや、白すぎる。血の気が引きすぎている。
診るために吾郎が布団をどけたため、姫のゴム質じみた腕が真司からは見ることができた。
無機質なのは静寂だけじゃなかった、と真司は思わず目を逸らす。
「見ない方がいい、って注意も言外に含んだんだけどな」
吾郎が診ながら呟く。真司の問いへの答えではない。
だから真司は、改めて尋ねた。
「生きているんでしょうか?」
「当たり前だ。ここにいんだから」
吾郎は布団を元の位置にもどした。布擦れの音だけが淡々とたつ。
その作業を終えた吾郎が、じっと真司の目を睨みつけた。真司は嘘を見破られた子供のように、息の詰まる思いを味わった。
それ以上は何も言わず、吾郎は真司の脇をすれ違って退室する。
真司の前には、死のようなものが広がっていた。
目を逸らすことはできなかった。
広い中庭には、ベンチすらある。となれば策士が、その傍に自動販売機を置く。
ぽつんとあるそれらは、行く人の邪魔にならぬよう道の脇に設置されている。
真司は虚ろな瞳を伏せ、そのベンチに腰を下ろしていた。
真司の背後に忍び寄る影――
「せんせー! あそぼあそぼあそぼ!」
「わっ」
背中にボンッと突撃され、真司は思わず声を漏らす。
驚いた後に振り向いた。真司の目に、してやったりという風にニカッと笑う幼女が映った。
小学生くらいだろうか、陽気というか活発的な第一印象がある。
「また君かい……。あまりはしゃぎすぎちゃ、いけないよ。病気って自覚ある?」
「んー」
パジャマは可愛い絵柄がプリントされていて、いかにも子供っぽい。
その児は唸って思考した後、解を見出したのか清々しく言い放った。
「あそぼ!」
真司は諦めた。
ひとつ漏らす溜息。だが彼の困り顔は、どこか笑みに似ているものだった。
「――はい、はい」
青空があった。真司には雲が晴れたように思えた。だが澄み渡る空も、大気も、前からちゃんとあったものだ。
彼女が真司の隣にちょこんと腰を下ろして、幾許かが過ぎた。
今は、手と手をとりあってお寺のおしょさんを歌う。
二人とも大袈裟なくらい、ころころと笑っていた。
さらに少しして、唐突に、
「……微熱だね」
少し火照った様子の彼女に医者志望としての直感が働き、真司は彼女の不調を早期発見した。
「ぼんやりする」
児は目を細めた。前髪を掻き上げられあらわとなった彼女のおでこには、真司の手がぴたっと引っ付けられている。
「当然だよ。――ほら、僕の背中に乗って。病室に戻るよ」
真司は児の前でしゃがみ、背中を見せた。
一拍ほどおいてから、児が動き出す。児にしては謙虚にも、ゆるゆると、真司を気遣うように優しく乗る。
真司は、笑みを溢してしまった。
「行こうか」
真司は言う。どこへとは言わない。自分にはわからないのだから。
「はう」
応じる彼女の歓喜の声が寒空に透き通る。寒空は、これから春の陽気に向かうものだ。
暖かくなれば何がどうなるか、真司にはわからない。
けれど、今のようにいられるだろうと思っていた。彼女の応じる声ひとつで立ち上がった後への不安がなくなった今のように、いられるだろうと。
二人とも大袈裟なくらい、ころころと笑っていた。
そして真司の気持ちは変わった。
暖かくなった頃にはこの児はもっと飛び回れるだろう。そうすればもっと笑っているだろう。という風に。
固定観念に塗り固められた、一抹の不安すら抱かぬその様は。手放しに喜んでいる真司の様子は、いつか手痛い仕打ちを被るだろうと予感させるほど輝いている。
だがそんな事実よりもっと早く――
コツン、コツン。どこだここは。なぜここに来たんだ。コツン、コツン、コツン。なぜここなんだ。そうだ、俺はここを知っている。知らないはずがない。コツンコツンコツンコツン。
勢いよくドアを開けた。
あいもかわらず、姫が眠り続けている。その傍まで寄った真司は、つらそうに眉を顰める。
真似をして姫の顔を覗きこむ児。 元気そうだ。
真司は何かがおかしいと思った。だが砂漠の砂粒を数えるのと同じくらい、興味が湧かなかった。考えたくもなかった。
考えることができないのだとは気づかない。
そして真司は、言いたくなった。まるで尋ねられたかのように、言わなければいけないような気になった。急かされているような気分になった。誰に? 真司以外には、児しかいない。ならば児が真司を急かすのだろう。そう思った途端、その通りだという風に児の存在感が真司の中で増した。考えに耽り過ぎた、そろそろ言わなければ。真司は心を決めた。
「……助けてあげられないだろうか」
真司は児に向いて、ぽつりと零した。
児はにっこり微笑んだ。
「できるよ」
そして、真司は違和感の正体を 思い出した けれど総てを吹き飛ばすように、風が――それは見る見るうちに上昇気流のようになり。
ついには竜巻が発生。真司は咄嗟に顔を覆うように腕を前に出した。
真司の見ぬ間に、風脚で運ばれる。
ふわりと。不自然さはまるでない。腰を上げるようなものだというように。
人が浮くという超常現象は法則を総て振り切り、ここに成立する。
空には、眠りから覚めた姫が残る。光を帯びたその身は、輝かしい衣装が包む。
女神が再臨したと、世界のみが思い知らされる。
否――もう一人、居たようだ。
ギィィィ。
今、世界に起きた急変を窺うために開けた空間の 狭間を、興味を失ったから 閉じ切った異質。
その落とし子の呼称は言わずもがな、だろう。
人というのも含めて何物も、リストのあるなしは大きな問題だろう。直感、などというのは物の摩擦ともいうべき現象に対しのみ有効と成り得る賭け事だ。何物には直感などそぐわぬ。いや、むしろ失敗という結果すら生まない。失敗と成功の唯一の共通事項が、直感の場合はまるで存在しないのだから。
故にこのような、直感と見間違えても仕方が無い天才っぷりの己の上司に呆れ果てる。
……この人、損するタイプだよな。うんぜったいそうだ。
呆れ顔の真司。それも致し方ないだろう。
前述したリストについて、"ある"は一般的に書記した(この場合、手書きと限定はしない)ものが存在して成立する。つまり"ない"は白紙より空白を極まるわけだ。真司も言葉は違えど、リストの認識は上記と同じ様をしている。真司が見習いであるという立場からすると、彼の認識を構成するのは主に先輩の受け売りである可能性が高い。
だが、もしそう仮定するなら――
「あー……予感的中だな」
この上司を起用した背理法で、いとも容易く不成立を証明できる。
名を桜井吾郎という彼は、真司の言葉を借りるならプロだ。
勿論のこと、実習にきている医学部生の真司からすれば、現役の方は全員プロになる。だがその中でも、彼は次元が違ったのだ。
上記したリストのあるなしの定義を揺るがす。そして彼の直感は、真司が幾万の資料とリストとを比較して信憑性100近くの判断を下すのとイコールだ。
「薬剤投与で、症状の鎮静を試みとこう――」
つまり予感的中なのはいつものことであるので、真司は驚きもせず彼をじっと観察し続ける。視覚情報からは、彼が看護士に指示を飛ばす様に
だがその早速さも、医学の場においてはデメリットを生む。無遠慮、などならまだしも患者から猜疑心越しに見られてしまえば医者として終わりだ。軽く見るなよ、と鋭い眼光で訴えてくる患者を、真司はこの実習で何度見かけたことだろう。腫れ物のように扱えとは言わないが、せめて親身になって接するべきだと真司は彼について思っている。
それでも、彼の処置は総て完璧だ。図書館を脳に詰め込んでいるのでは、と真司が真剣に考えてしまうほど。
……"
※歴戦(単なる、医師としての経験豊富。戦争は関係ない)
「おい、行くぞ」
声を飛ばされ、真司はようやく虚空を見つめる奇妙な動作を止めた。慌てた風にきょろきょろ周りを見、吾郎が少し先で振り返ってきていると解る。
ここで、自分は失態を犯したのだと気づく。
……目の前のことに集中しろ。今は、限りある勉強の機会なんだぞ。
神経質にも血が凍る思いを味わい、真司は駆け出した。
自らを引き締めるため一層強く床を蹴り込んだ。
八つ当たりを受けたリノリウムの床敷きはコツンと不満げな声をあげた。
変哲ない病院。そう表現されたものは実はどこか非平凡的であるのが常だ。
しかし疑う必要はない。なぜならこの病院は、病棟も職員も、変哲ないからだ。
重病であるため入院している患者がいて、悲しみを滲ませる者がいて、悲しみで終えた者がいて――
「おまえはここで待ってろ。この患者の検診は、勉強にならないからな」
「いえ――入れさせてもらって、構いませんか?」
「別に構わないが、俺の非力っぷりが解るだけだぞ。ただ、二つだけ守って欲しいことがある。ひとつは俺にタメをきくな。もうひとつは、患者に不可解な行為を及ぶな」
病院というのは騒がしい場所だが、私語が行き交うためではない。患者自身らが望まぬ限り、その類の騒音は存在しえない。
それでも回診の物音だけはたってしまう。
個室でもそれは変わりない。
故に、其処は異常だった。
廊下からドア一つ隔てたこの先のみは、別世界のようであった。
痛いくらいの静寂である。だが、真司は少しして気づいた。この静寂は、無機質であるのだ。
重さしかないために、強調されるように重々しい。それしか感じられないから、余計に重々しい。
葬式に類似する。真司は、縁起でもない事を考えるなとすぐ様その連想を否定した。形式的なわけではない。真司の本心であった。
そう連想してしまえば、ここに"生"が芽吹くとは二度と思えなくなってしまいそう。
「……生きてるんでしょうか」
白いベッドに沈むのは、蒼白な眠り姫。
いや、白すぎる。血の気が引きすぎている。
診るために吾郎が布団をどけたため、姫のゴム質じみた腕が真司からは見ることができた。
無機質なのは静寂だけじゃなかった、と真司は思わず目を逸らす。
「見ない方がいい、って注意も言外に含んだんだけどな」
吾郎が診ながら呟く。真司の問いへの答えではない。
だから真司は、改めて尋ねた。
「生きているんでしょうか?」
「当たり前だ。ここにいんだから」
吾郎は布団を元の位置にもどした。布擦れの音だけが淡々とたつ。
その作業を終えた吾郎が、じっと真司の目を睨みつけた。真司は嘘を見破られた子供のように、息の詰まる思いを味わった。
それ以上は何も言わず、吾郎は真司の脇をすれ違って退室する。
真司の前には、死のようなものが広がっていた。
目を逸らすことはできなかった。
広い中庭には、ベンチすらある。となれば策士が、その傍に自動販売機を置く。
ぽつんとあるそれらは、行く人の邪魔にならぬよう道の脇に設置されている。
真司は虚ろな瞳を伏せ、そのベンチに腰を下ろしていた。
真司の背後に忍び寄る影――
「せんせー! あそぼあそぼあそぼ!」
「わっ」
背中にボンッと突撃され、真司は思わず声を漏らす。
驚いた後に振り向いた。真司の目に、してやったりという風にニカッと笑う幼女が映った。
小学生くらいだろうか、陽気というか活発的な第一印象がある。
「また君かい……。あまりはしゃぎすぎちゃ、いけないよ。病気って自覚ある?」
「んー」
パジャマは可愛い絵柄がプリントされていて、いかにも子供っぽい。
その児は唸って思考した後、解を見出したのか清々しく言い放った。
「あそぼ!」
真司は諦めた。
ひとつ漏らす溜息。だが彼の困り顔は、どこか笑みに似ているものだった。
「――はい、はい」
青空があった。真司には雲が晴れたように思えた。だが澄み渡る空も、大気も、前からちゃんとあったものだ。
彼女が真司の隣にちょこんと腰を下ろして、幾許かが過ぎた。
今は、手と手をとりあってお寺のおしょさんを歌う。
二人とも大袈裟なくらい、ころころと笑っていた。
さらに少しして、唐突に、
「……微熱だね」
少し火照った様子の彼女に医者志望としての直感が働き、真司は彼女の不調を早期発見した。
「ぼんやりする」
児は目を細めた。前髪を掻き上げられあらわとなった彼女のおでこには、真司の手がぴたっと引っ付けられている。
「当然だよ。――ほら、僕の背中に乗って。病室に戻るよ」
真司は児の前でしゃがみ、背中を見せた。
一拍ほどおいてから、児が動き出す。児にしては謙虚にも、ゆるゆると、真司を気遣うように優しく乗る。
真司は、笑みを溢してしまった。
「行こうか」
真司は言う。どこへとは言わない。自分にはわからないのだから。
「はう」
応じる彼女の歓喜の声が寒空に透き通る。寒空は、これから春の陽気に向かうものだ。
暖かくなれば何がどうなるか、真司にはわからない。
けれど、今のようにいられるだろうと思っていた。彼女の応じる声ひとつで立ち上がった後への不安がなくなった今のように、いられるだろうと。
二人とも大袈裟なくらい、ころころと笑っていた。
そして真司の気持ちは変わった。
暖かくなった頃にはこの児はもっと飛び回れるだろう。そうすればもっと笑っているだろう。という風に。
固定観念に塗り固められた、一抹の不安すら抱かぬその様は。手放しに喜んでいる真司の様子は、いつか手痛い仕打ちを被るだろうと予感させるほど輝いている。
だがそんな事実よりもっと早く――
コツン、コツン。どこだここは。なぜここに来たんだ。コツン、コツン、コツン。なぜここなんだ。そうだ、俺はここを知っている。知らないはずがない。コツンコツンコツンコツン。
勢いよくドアを開けた。
あいもかわらず、姫が眠り続けている。その傍まで寄った真司は、つらそうに眉を顰める。
真似をして姫の顔を覗きこむ児。
真司は何かがおかしいと思った。だが砂漠の砂粒を数えるのと同じくらい、興味が湧かなかった。考えたくもなかった。
考えることができないのだとは気づかない。
そして真司は、言いたくなった。まるで尋ねられたかのように、言わなければいけないような気になった。急かされているような気分になった。誰に? 真司以外には、児しかいない。ならば児が真司を急かすのだろう。そう思った途端、その通りだという風に児の存在感が真司の中で増した。考えに耽り過ぎた、そろそろ言わなければ。真司は心を決めた。
「……助けてあげられないだろうか」
真司は児に向いて、ぽつりと零した。
児はにっこり微笑んだ。
「できるよ」
そして、真司は違和感の正体を
ついには竜巻が発生。真司は咄嗟に顔を覆うように腕を前に出した。
真司の見ぬ間に、風脚で運ばれる。
ふわりと。不自然さはまるでない。腰を上げるようなものだというように。
人が浮くという超常現象は法則を総て振り切り、ここに成立する。
空には、眠りから覚めた姫が残る。光を帯びたその身は、輝かしい衣装が包む。
女神が再臨したと、世界のみが思い知らされる。
否――もう一人、居たようだ。
ギィィィ。
今、世界に起きた急変を窺うために開けた空間の
その落とし子の呼称は言わずもがな、だろう。